靴箱で酷い嫌がらせをされたので反抗してみた5
わかばはよろよろと後退した。
「な……何すんのよ!?」
「それはこっちのセリフなんだよバカ女っ、いきなり他人に牛乳ぶっかけといて何するだと? ふざけんなよ」
「ひっ」
奏介のあまりの迫力にわかば達が息を飲む。普段から気弱そうに見えるので、凄むと落差に驚く人多数。
「こ、これが急にキレるオタクってやつ? 怖いんだけど」
煽りのつもりなのだろうが、顔が引き攣っている。今の奏介はぶちギレている不良並の圧がある。
「急に? お前ら、今まで俺に何してきたか忘れたわけじゃないよなぁ?」
奏介は一歩踏み出した。
「と、当然の報いでしょ。ていうか、牛乳はあんたの女がやったことでしょ!? 自業自得なのよ」
奏介は冷ややかな視線を向ける。
「お前ら……人のものを破壊しといてただで済むと思うなよ。こっちは全部証拠を押さえてあるんだよ。親に言って警察に被害届を出せばどうなるか想像つくだろ? 未成年で高校生だから許されるとでも思ってんのか?」
「え……」
三人は目を瞬かせる。
「制服も教科書も体操服もうちの親が買ってんだよ。なあ、それを使い物にならなくされたら、お前らの親が弁償するしかないよな? それをわかっててやってんだよな?」
三人の顔色が変わる。
「ま、待ってよ。警察とか被害届とか大袈裟。ていうかあんたもやり返してきたんだから」
「洗えよ」
「え?」
「洗えば使えるだろ。こっちは、使えなくなってるって言ってんだ。この違い、わかんだろ?」
何も言えなくなった三人に対し、奏介は笑う。
「被害届を見逃してやっても良いけど、お前らの顔から名前から年齢から住所から電話番号まで器物破損の証拠と一緒に全部ネットにさらすぞ」
三人、無言。顔は真っ青だ。
「やり返される覚悟もないくせによくここまで出来たな。一応聞いてやるよ、なんで俺に嫌がらせをした?」
わかばは震える唇をなんとか動かした。
「あ、朝比賀先輩があんたを……気に入ってるから。き、気にくわなかったのよ」
「それで?」
「……」
「おい、黙るなよ。気にくわなかったからなんだよ。まさかそれだけが理由とか言わないよな?」
「そ……それだけ。それだけよ」
「へぇ。じゃあ、どっちか選ばせてやるよ。被害届を出されるか、ネットに個人情報をばらまかれるか、好きな方選べ」
わかば達は首を横に振った。
「ま、待ってよ。やめて。ごめんなさい。謝るから、わたしが弁償するから。親には言わないで、下さい」
泣きそうになりながら言うわかばと友人二人。
「謝る、か。そうか。ならこの牛乳ぶちまけた床に膝まずいて土下座しろ。そしたら今までやったこと、全部チャラにしてやるよ」
わかば達はお互い顔を見合せ、大人しく膝をついた。
「す、すみませんでした」
ゆっくりと頭を下げる。
「二度とふざけた真似するなよ。次やったら容赦しないからな」
奏介が言い放ったところで、理科室の戸が開いた。
「お疲れ様、遅れちゃって悪い……ね?」
朝比賀は目を瞬かせ、牛乳まみれの奏介と床に膝をついている三人を交互に見る。
「どういう、状況?」
「朝比賀先輩!?」
わかば達が飛び起きる。
「お疲れ様です。先輩」
奏介が笑顔で言う。
「あ、うん。お疲れ様。君達、何してたんだい?」
「あまり気にしないで下さい。それより、橋間さん達がですね」
わかばは顔を引きつらせた。
「ま、待ってやめてっ」
「この前先輩が言ってた映画、一緒に行きたいらしいんですよ」
三人組は間抜け面でぽかんとした。
「えっ!? 橋間君達興味あるのかい?」
明らかにテンションが上がった。
「え、あ……は、い?」
「本当に! なら明後日の日曜日四人で行こうか。皆で観て、映画の後に食事をしながら語り合う。最高だね」
「よかったね、橋間さん」
奏介は彼女に笑いかける。
わかばは混乱しているらしく、目を白黒させていた。
「それで先輩、ちょっと俺達はっちゃけ過ぎちゃって。タオルとか持ってきてもらえますか? こんな頼みして申し訳ないんですけど」
朝比賀は苦笑を浮かべる。
「ああ、わかった。今回は事情を聞かないであげるけど、風紀委員としてこれからあんまり問題起こさないでね」
「はい」
奏介が首肯く。
「ん、よし。体育館にシャワーがあるから使った方が良いね。保健室から着替えも持ってくるよ」
怒濤の一週間、ようやく金曜日が終わった。
週明けの月曜日、放課後。
奏介は風紀委員会室の教卓の前に立っていた。
「よろしくお願いします」
「というわけで、菅谷君には色々仕事を振ってやってくれ。打倒、生徒会に向けて、な」
朝比賀のそれに合わせて風紀委員達から拍手が起こる。
「委員長、気合い入りすぎじゃないですかー?」
調子の良さそうな男子生徒が言って、どっと笑いが起きる。和やかな雰囲気だ。
そんな中、奏介はわかばの隣のパイプ椅子に腰を下ろした。
「……ねぇ」
奏介は彼女を見やる。
「映画のことだけど、ありがと」
「楽しめたならよかったな」
何かある度に嫉妬の矛先を向けられては堪らない。ファンクラブの活動を少し助けてやることにしたのだ。ちなみに牛乳をぶっかけられなくともその話をする予定ではあった。
「先輩と皆でプライベートな話も出来て、その情報を共有できたからファンクラブも盛り上がったわ」
「そうか」
「あと、これ」
紙袋を渡される。
「ん?」
「新しい上履きと体操服。濡らした教科書は後で届くからそのときは持ってくるわ」
「約束は守れるんだな」
「守るわよ。……お年玉貯金、減ったけど」
「ほんっとアホだな。今まで貯めてきたお年玉をなんで俺なんかに使ってんの?」
「う……ごもっとも」
随分としおらしくなったものだ。
教卓では朝比賀が今後の活動について演説を始めていた。
「ところであんたさ、法律に詳しいの?」
「なんで?」
「被害届とか器物破損とか言ってたじゃない」
「よくこういうことに巻き込まれるから、ちょっとかじってるんだ」
「……絶対その見た目のせいでしょ。もう少し気を使いなさいよ。そんなんだから嘗められて」
「ん? なんか文句でもあんの?」
わかばは一瞬固まって、それから頭を下げる。
「余計なこと言って申し訳ありませんでした」
「ん。それで、詳しかったらなんだって?」
わかばは何か思い詰めた表情をする。
「困ってる人がいるのよ」
そう、小さく呟いた。
評価、ブクマありがとうございます!めちゃくちゃ喜んでます。