学童保育に口を出す保護者に反抗してみた2
「……は?」
父親は眉を寄せた。
「だから、普通に遊ばせていて、崎矢君に不整脈の発作が起こり、病院に運ばれた時、赤田先生や内海先生に責任を問わないのか? と聞いてるんです」
「普通に遊ばせていたら問題ないと何度も言っているんだ」
奏介はすっと目を細めた。
「それは絶対に? 間違いなく? 百パーセント、崎矢君は不整脈の発作を起こさないと言えるんですね?」
「あ、当たり前だろう」
「ではその証拠は? 不整脈にも種類や色々な症状がありますよね。彼の病状はどういう状態で、何がどう大丈夫なのかここで説明してもらわないと、納得出来ません」
戸田は顔を引きつらせる。
「高校生の君に何故そんなことを言われなければならないんだ?」
「確か、うちの学校の生徒が失礼を働いたとかで理事長に連絡をされたのでしょう?」
「それはあの生徒が」
「ですから、事実関係を確認しようと思いまして」
「……」
冷静に言う奏介に父親は黙った。
「あのですね、戸田さんにとっては当たり前のことかも知れませんけど、他人の子供を預かるというのはとても重い責任が伴うんです。ニュースでもやってるでしょ? 預け先の施設で怪我をしたら『安全管理が』とか『職員の意識が低い』とか。そうなってしまうと、怪我をするまでの過程に何があったのかなんて関係ないんです。『結果、預けた先で子供が怪我をした』と。その状況だと親が責められることなんてありません。だって怪我をさせたのは預け先なんですからね。子供が危ないことをして、注意したのにそれでもやって怪我をしたとしても預け先の責任です」
「それは目を離すから悪いんだ。子供から目を離しておいて責任逃れは」
「大人一人につき子供一人なら当たり前に出来ますよね。戸田さんもそりゃ出来ますよ。子育てをしている奥さんがいらっしゃるなら大人二人で子供一人。目を離さずに面倒を見られるのは当たり前でしょう」
奏介は静まり返ってしまった学童保育のホール内を見回した。
「ここに、指導員の先生は何人いるか、ご存知ですか?」
「そ、そんなの」
「学童保育が何人の子供相手に、何人の先生で運営されているのか知ってますか?」
と、櫛野が少し緊張した様子で挙手をした。
「学童保育は……えーと、先生二人に対して確か、四十人、くらいだったと思う」
奏介は櫛野に対して頷いて、
「だそうです。子供から目を離すのが悪いと仰いましたけど、あなたは、ここにいる三十人以上の子供達を、一秒たりとも目を離さずに、たった一人で、何時間も面倒見ることが出来るんですか?」
戸田は鼻を鳴らした。
「それをやるのが仕事なんだよ。給料をもらってやってるんだ、それくらい」
「いや、そんな話してないです。物理的にですよ。お金もらったからって目が三十個にならないでしょ?」
と、ホールの端にいた保護者達が。
「ぷっ……」
「確かに、そう、よね」
堪えきれない様子で笑う。
「くっ」
赤っ恥だろう。
「だから、目が届かないところが出てくるから、危ないことはさせないようにするんです。むしろ、そうしないと、たくさんの子供を預かるなんて出来ないでしょう?」
と、奏介は制服の裾を引っ張られた。
「!」
見ると、崎矢が睨んでいる。
「なんなんだよ、お前っ、父ちゃんに悪口言って」
「崎矢君で良いんだよね?」
奏介はしゃがんで崎矢と目線を合わす。
「あのさ、自分の病気のこと知ってる? どうして体の調子が悪くなるのか分かる?」
「え……」
「病名は分かるよね?」
「ふ、不整脈」
「うん、それ。それがどういう病気なのか、お父さんから聞いてる?」
崎矢は首を横に振る。
「そう、なら自分の病気のことはお医者さんに聞いた方が良いよ。詳しく分かれば、運動しても良くなるかも知れないでしょ? 分からないから遊ばせてもらえないのかも知れないし、まずは病気のことを全部分かってから考えようよ。分からないままじゃ、遊ばせてもらえないことに納得いかないでしょ」
「……う、うん」
「よし。じゃあ、次お医者さんに行くときはきちんと聞いてきなね」
きっとそれくらい分かる年齢だし、遊ばせてもらえないという認識より遊んではいけないと思ってもらった方が良いだろう。それに加減も分かるようになる。
奏介はゆっくりと立ち上がる。
「さて。こういうことは相互理解も大切ですよ? 赤田先生達の対応にいじめを誘発する云々言ってましたけど、なんで、その対応をしたのかちゃんと聞かないと。先生達の考えを聞いてから改めて文句言って下さい。それで、最初の質問ですが」
言い返して来なくなった戸田はびくっと体を反応させた。
「もしここで崎矢君に何かあったら、あなたはそれを誰のせいにするんでしょうね。自分のせいにするなら立派ですが、先ほどの対応やうちの生徒の行動に対して理事長にクレームを入れたことを考えると、ここの施設と指導員の先生を非難して訴えて裁判沙汰ってところですね」
煽りのつもりで言ったのだが、
「……まさか図星ですか? あなたは相手がやりたくないと言ったことを無理矢理やらせて、失敗したら非難するんですか?」
戸田はぎりっと歯を鳴らした。
「するわけないだろうっ」
よほど悔しいのか、ほぼ怒鳴り声だった。
冷めた目の奏介、戸田は肩で息をしている。
「うちの崎矢はな、こんなところで、絶対に、発作なんか起こさないっ」
この空間がシンとなる。
「絶対に発作を起こさないなら、それはもう健康体ですね。完治したとして診断書の提出お願いします」
奏介のさらっとした返しに戸田は力が抜けたように口を半開きにする。
奏介は小さく息を吐いた。すると、保護者達がひそひそと話を始めるのが分かった。
「もう、ああやって先生になんでも文句を言う人がいるから、何もやってくれなくなっちゃうのよね」
「そうそう。気に入らないことがあると、担任や校長を飛ばして教育委員会に電話しちゃうって言うじゃない? 何考えてるのか分からないわよね」
それからすぐに、戸田は崎矢を連れて逃げるように帰って行った。
駆け寄ってくるのはわかば、ヒナ、モモの三人だ。
「先制攻撃のタイミングが早いのよっ。後先考えなさいよっ、理事長に電話するようなクレーマー相手に」
「いや、いじめを誘発するような~の下りが許せなくてちょっと頭に血が上ったんだ。反省はしてるけど」
後悔は一切ない。
「ほんとだよっ、途中からしか録画出来なかったよっ」
ヒナが頬を膨らませて、スマホを見せてくる。
「僧院……ありがとね」
本当に理事長にクレームがいったら使わせてもらうことにしよう。何しろ録画だ。録音のみより断然良い。
「大丈夫かな……」
モモがぽつりと呟く。
と、そこで赤田、内海、櫛野の三人が歩み寄ってきた。
「噂には聞いてたが、凄いな。あの人が暴走すると宥めるのが大変なのに」
櫛野が感心した様子でいう。
「菅谷君、だっけ? こっちの事情とか色々的を射てて驚いちゃった。ありがとう。ここだけの話、スッキリしたわ」
そう言った赤田に続いて内海も、
「ほんとに。私達が言うと角が立つからね。戸田さんがクレーム入れてもあなたのことは全力で庇うから安心してね」
それからすぐに帰ることにした。こんなに大胆に反抗してしまったのだ。さすがに子供や保護者達からの目が痛い。とはいえ、好意的なものが大半だったが。
「それじゃ、また何かあったら菅谷君に頼みたいね」
櫛野はそう言い残して、去って行った。
お馴染みの三人娘と帰路へ着く。
「はぁ、あんたといると心臓縮むわ」
胸元を押さえ、深呼吸をするわかばである。
「それは橋間の気のせいだから」
「ボク、菅谷君の録画班なのに録り逃すなんて」
ヒナがしゅんとした様子で言う。
「いや、僧院。いつのまにそんな役職作ったの」
「菅谷君、櫛野先輩の話聞いてくれてありがとう」
「ああ、役に立てたか微妙だけどね」
それでもモモは嬉しそうだ。
と、わかばが奏介の顔を見る。
「やっぱり、いじめ云々は気に障る確率高いのね」
「通ってたわけじゃないけど、学童って聞くと思い出すことがあって」
奏介は少し考えて、
「確か、小学校の学童指導員のボランティア大学生だったんだ」
突然の脈略のない話に三人は不思議そうにする。
「俺は直接学童に通ってたわけじゃないし、知り合ったのは中学生の頃だからあんまり関係ないんだけど。俺がメソメソしてると、『いつでも死ねるからとりあえず、バカにしたやつらぶっ潰す勢いで仕返ししてから死ね。どうせ死ぬなら遠慮いらねぇだろ!』って言われたんだ」
奏介は苦笑ぎみに言う。
「確かになって思った。それで、中学でも先輩からのいじめが始まりそうな感じだったんだけど、その言葉通りにやったら大人しくなったんだ。あのいじめっ子先輩の怯えた顔は頭から離れないな」
「……その人、凄いこと言うわね」
「うーん。でもどうせ〇〇だからって強いよね。やけくそ感が半端ないけど、なんでも出来そう」
「気が楽になる言葉ね」
「それにしても、菅谷君を変えた人かー」
「気になり過ぎるわね……」
奏介は頷いて、
「あの人には感謝してるよ。また会ったらお礼を言いたい」
わかば、ヒナ、モモは晴れやかな表情の奏介の顔を見て、気の抜けた笑いを交わした。




