接客態度最低最悪な店員達に反抗してみた1
放課後、授業が終わると同時に真崎がこちらを振り向いた。
「お前さ、今日暇?」
「今日は用事がある。何?」
真崎は腕を組んで唸った。
「連火のやつがなぁ」
「え、また何かあったの?」
「あいつ、本当にトラブルに好かれてるからな。おれとお前に相談事だってさ。放課後暇な時に付き合ってくれないか? 連火に予定聞いとくから」
「ああ、良いよ」
「悪いな」
真崎とは教室で分かれた。
昇降口へ急ぐ。
「あ、菅谷くーん」
手を振っているのはヒナである。
「待たせたな」
「ううん。大丈夫。じゃあ行こうか!」
ヒナが言って、二人揃って靴を履き替える。
「……で、相談てなんなんだ?」
そう聞きながら、先程の真崎とのやり取りを思い出した。風紀委員どころか知り合いの中で相談窓口にされているようだ。
「友達のことなんだけどさ、ちょっと可哀想なことになってて」
「可哀想なこと?」
「うーん、何て言うんだろ。少し前の、ボクとモモの状況を足して二で割ったみたいな?」
「いや、普通に全部説明して」
「了解」
ヒナは敬礼をして、
「お父さんの友達にアパレル関係の会社の社長さんがいてね。その娘……野久保つかさって言うんだけど、同級生でボクとも友達なの」
お嬢様友達とでも言うのだろうか。ヒナに店の名前を聞いたら、高級洋服ブランドのチェーン店だった。
「お母さんが経営するお店の従業員になめられてるんだよね。うーん、モモとはちょっと違うけど、ぶっすーちゃん家の家政婦みたいな態度なんだって」
奏介は嫌そうな顔をする。
「金持ちの家って大変だな」
「文句言っても良い立場なんだから、ガツンと言ってやろうよって」
「言ったのか?」
「うん。でも、君に会う前のボクみたいにどうしても言い返せないんだよね。色々と事情が重なると中々ね。その気持ちは分かるんだよ。……ならボクが代わりにメタクソに言ってやろうかと思ったんだけど」
ヒナが眉を寄せる。
どうやらヒナが言い返すことに何か問題があるらしい。モモの時に言っていたが、金持ち同士だと何かしらあるのだろうか。
「思ったんだけど、なんだ?」
「やっぱり君に頼もうと思って。別に理由はないけど」
「……この話に俺の存在を割り込ませる必要があるのか?」
「わかばに相談したら『あいつ相談窓口だからこき使って良いわよ』って」
奏介はスマホを取り出した。
「とりあえず、あいつにメッセージ送るか。ほんとに学習能力がないやつだな」
「あははは。まぁまぁ、頼りにしてるよ、菅谷くん」
待ち合わせは桃華学園の最寄りの隣駅だった。
電車から降り、ホームを改札口へ向かって歩く。
「あ、いたいた」
切符を通して、ヒナは手を振る。駅舎内のベンチに座っていた女子高生が立ち上がって会釈をしてきた。
ぽっちゃりとはいかないまでも、ふっくらした女の子だった。佇まいに育ちの良さが出ている。
「初めまして、野久保つかさと言います。ヒナちゃん、こちらが?」
「そうそう。必殺仕事人の菅谷奏介くん」
「僧院……初めて聞くような紹介するのはやめて。えっと、聞いてるみたいだけど、僧院とは同級生なんだ」
「そう、なんですか。トラブルを解決するお仕事をされてると聞いてます」
「いや、仕事じゃないから」
ヒナがどんな紹介をしたのか気になるところだ。
「まぁ、僧院の頼みだし、とりあえず話は聞くよ」
「……」
何故か無言で見つめられる。
「ん?」
「菅谷さんは……二次元ですか? アイドルですか?」
「何が?」
「いえ。私、オタクという人種の方に初めてあったもので、むぐっ」
ヒナが後ろから口を押さえた。
「つかさ……それ、強力な地雷なんだよ……」
ヒナが恐る恐る奏介を見る。うつむいていた。
「す、菅谷くん、つかさは別に悪気があるわけじゃ」
「いや、まぁ、それは分かってるよ」
悪意を以ての発言では無さそうなので、特に腹は立たない。
ヒナは拍子抜けしたようだ。
「そう、なの? そうなんだ? 君ってやっぱり不思議な生き物だよね」
頬をつつかれる。
「どーいう意味だよ」
奏介は呆れ顔だ。
「ヒナちゃん、何するん? 聞いただけやん」
ヒナの手を払ったつかさが怪訝そうにする。
「菅谷くんはあんまりそう言われるの、好きじゃないんだよ」
すると、つかさは、はっとしたようだ。
「それはすいませんでした。配慮が足りませんでした」
深々と頭を下げられる。
「いや、気にしてないから」
バカにするためにオタクという言葉を使われるのが嫌いなだけなのだ。
「……ていうか、野久保さんはこの辺の人じゃないの?」
イントネーションが変わっているとは感じていたが、敬語ではないヒナとの会話は方言のようだった。
「ああ、私は中学まで関西の方で暮らしてたんです」
「お父さんが本社をこっちに移したんだって。それで家族で、だったよね?」
「正直、向こうに残りたかったんやけど、高校入学と同時に一人暮らしは許してもらえなかったから」
「そうか……」
嫌々引っ越してきた挙げ句、従業員とトラブルになるなど精神がやられそうだ。
彼女の話に寄れば、この駅の近くの店舗だそうだ。週に一回見回りも兼ねて買い物に行くよう父親に言われているらしい。
「それで具体的にはどういう感じなんだ?」
「私が試着室に入ると、ひそひそひそひそ、陰口を言って来るんや」
「なんで言い返さないんだ?」
「店の雰囲気を壊したら良くないんやないかって思うてしもうて」
「分かるなぁ、その気持ち」
ヒナが遠い目をする。殿山とのことを思い出しているのだろう。
駅から歩くこと十分。店内へ入ると、三人の店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……あら、お嬢様、お疲れ様です」
にっこりと笑った若い店員、ネームプレートには『岩館』とある。
ヒナが耳打ちする。
「この人?」
「ちゃうよ、岩館さんはよくしてくれてる人やから」
と、言うことは。
岩館の後ろで冷めた目をしている二人組が見えた。若い男女だ。男が『一村』女が『東城』というらしい。
奥から出てきた中年の男性店員もきちんとつかさに声をかけていたが、二人組は一定の距離を保ってつかさを見ている。
三人で店内を回る。
「感じ悪、何あれ。ねぇ? 菅谷くん」
「……ああ、接客する態度じゃないな。野久保、さすがにあれは注意して良いと思うぞ。社長の娘なんだから、父親に報告するぞって言えば」
「でも、仕返しされんのとちゃう? 性格悪そうやし」
ナチュラルに毒を吐くタイプらしい。その調子で言い返せば良いのだろうが、簡単には行かないのだろう。
「あ、これ着てみたいんやけど」
岩館が歩み寄ってくる。冬用のもこもこワンピースだ。
「はい、試着室へどうぞ」
カーテンを開けてつかさが中へ入ると、
「デブに似合うわけないじゃん」
「だよなぁ?」
ヒナが顔を引きつらせる。
「えええ……? こんな堂々と?」
男性店員が咎めるが、すみませーんや気を付けまーすなどと言って聞く耳持たないようだ。
「豚の癖に偉そうだよなー」
「豚小屋で餌でも食べてなっての」
笑い合う一村と東城。
岩館も黙っていられないようで、
「一村さん達、おしゃべりしてないで接客して下さいね」
「はーい。でも岩館先輩、今客いないんですけどー?」
きゃははと大声で笑う。かなり不快だ。
ヒナは完全に呆れているよう。
「うーん。……どうしてやろうか? 菅谷君」
「立場を分からせるしかないだろうな」
と、岩館が裏方の店員に呼ばれたらしく、奥へと消えていった。
すると、一村達の視線が奏介へ向いた。
「デブの友達はオタク? お似合いじゃん」
「あはは。だよな!」
ヒナは苦笑を浮かべる。
「君的にアウトかな?」
「あぁ、もちろん」
と、カーテンが開いた。雪の結晶の模様が入ったワンピースで内側がもこもこしている。
「あ、可愛いっ」
「に、似合うやろか?」
「うん、凄く」
ヒナが言うと、つかさが恥ずかしそうに、
「あ、ありがと」
小さく礼を言った。
すると、後ろの二人。
「あんな体で試着して、売り物なのに伸びちゃわないの?」
「引っ張ってるのと同じだもんな!」
それを聞いて悲しそうにうつむくつかさ。慌てるヒナ。そして、奏介は彼らを見た。
「店員さん、ちょっと良いですか?」
笑顔で二人を呼ぶ。
「はいはーい。なんでしょうか? お客様」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる二人。奏介は彼らの前で親指を床へ向けた。
「ここへ店長連れてこい」




