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生徒会長に喧嘩を売られたので反抗してみた1

シリーズものです。

 開いた窓から生温い風が流れ込んでくる。夕方の時間帯、ヒグラシの鳴き声が遠くで聞こえ始めていた。

 菅谷奏介(すがやそうすけ)は放課後の教室で同じ日直当番の伊崎詩音(いざきしおん)と向かい合って座り、当番日誌を書いていた。

「奏ちゃん、まだー?」

「もう少しだよ。ちょっと待ってて」

 詩音は退屈そうに窓の外を見やる。童顔で栗色のボブショート、身長がなかったら小学生に見えてしまうくらい雰囲気が幼い。

「はぁ、帰りたい」

 奏介と詩音は幼なじみで近所に住んでいる。保育園からの付き合いだ。高校になって初めてクラスが同じになったのだが。

「できた。職員室に持っていくから先帰る?」

「やったぁ。うん、帰るー。じゃ、よろしくね!」

「あ、そうだ。しおさ、家で勉強してる?」

 詩音は目を瞬かせる。

「なんの?」

「学校のだよ。おばさんが心配してたよ。先月の期末、成績落ちてたんでしょ」

 詩音は嫌そうな顔をした。

「それ、お母さんにも言われた。……あのさぁ、最近小言が多いよ? 私が成績落ちても奏ちゃんに関係ないじゃん」

「課題写させてやってるのにそういうこと言う?」

「うっ」

 詩音は十秒ほど固まり、

「と、とにかくお母さんみたいなこと言わないで。余計なお世話なの」

「そのおばさんに言って欲しいって頼まれてるんだよ。あまりにもしおがやらないからさ」

「もおおっ! そういえば、この前、夜にゲームセンターへ行ったこと、バラしたでしょ? 酷くない?」

「あのゲーセン、かつあげやってる大学生がいるから気を付けろって言われてるでしょ。しかも夜なんて特に」

「うざいっ、うざすぎ!」

 と、そんなやり取りをしていると、

「あなた達日直当番?」

 教室の戸からこちらを覗いているのはこの学校の生徒会長、(いずみ)カナメだった。黒髪の超ロングヘアは太ももにかかるくらい、スカートは長め、ブラウスのボタンは第一までしっかりとしめ、リボンも左右対称になるように結ばれている。真面目な生徒代表といった印象。ちなみに顔立ちも整っている。

 生徒会は放課後に各棟、各教室を、見回っているらしいので彼女も活動中なのだろう。

「あっ、せんぱーいっ」

 詩音は生徒会長に駆け寄った。それから奏介を指で指す。

「酷いんです、あいつがセクハラしてきて、襲われそうになりましたっ」

「なっ」

 奏介は立ち上がった。

「いきなり何言ってるんだ」

 質が悪いにもほどがある。

「……セクハラ?」

 見ると、生徒会長の目が据わっていた。

「わたしの大事な学舎でよくもそんなことを」

 彼女は大股で歩いてきて、

「いや、あいつの出任せですよ。何もしてないです」

「問答無用っ」

 詩音は悪ふざけのつもりだったのだろう。しかし、真面目な生徒会長に冗談は通じていなかったらしい。奏介は腕を掴まれ、あっというまに床へ組伏せられた。

「痛っ」

「先生に来てもらうから、覚悟しなさい」

 生徒会長がここまでするとは思っていなかったのだろう。詩音は驚いた様子で奏介を見ていた。




 数十分後、奏介は生徒指導室にいた。正面に座るのは生徒指導の教諭兼担任の山瀬(やませ)である。

「まぁ、なんだ。菅谷はそんなバカなことしないよな」

 奏介はうつむいたまま、暗い顔をしている。

「大丈夫か?」

 山瀬は心配そうに顔を覗き込んでくる。普段はかなり厳しい指導を行っているが、彼に気遣いをさせるほど、今の奏介は落ち込んでいた。

「実はさっき、伊崎から弁明があったんだ。だから、校長や教頭には話が行かないから安心しろ」

「そうですか」

「俺から伊崎には注意しておくから、今日は帰りなさい」

「……はい」

 奏介は立ち上がると、会釈をして生徒指導室を出た。

 痴漢の冤罪の話はよく聞くが、本当の被害者の気持ちがよくわかる。ここ桃華(とうか)学園は私立高校だ。公立と違ってこういったことにはかなり厳しい。もし詩音の自白がなければ退学になっていた可能性もある。

「もう、良いか」

 詩音の心配をしてのことだったが、さすがに退学に追い込まれるのはきつい。どういうつもりで自白したのか、考えるのも面倒臭くなっていた。

「帰ろう」

 早めに休もう。そう決めて学校を出た。




 翌日早朝。

 昨日までは詩音を家まで迎えに行っていたが、さすがに止めておいた。

「思ったよりダメージが」

 一人バス停へ向かいながら重いため息をつく。一晩寝て、思い直した。最近は小言がエスカレートしていたのは事実だ。言ってしまえば他人なのだから過干渉は確かにうざいだけだ。その点は反省しなくてはならない。

「止めよう」

 これからは詩音の言動や行動に口出ししないことを誓った。何しろ、退学になりかけたのだ。自分の人生をかけてまで彼女の世話を焼くのはおかしな話である。

 いつものバスで学校へ着いて、二階の教室へ入る。

 すぐに前の席のクラスメートが声をかけてきた。

「はよ。今日伊崎は休みか?」

 一日も欠かさず二人で登校していたのでこう聞かれるのも仕方ない。

「来ると思うけどわからないな」

「え? そうなのか」

「うん」

 その後詩音が登校したのはホームルームが始まる直前だった。その日は詩音に声はかけなかった奏介だが、時々感じる視線は気づかないようにしていた。

 そして放課後、帰宅しようと教室を出たところで呼び止められる。

「奏ちゃん」

 無言で振り返ると、少し申し訳なさそうに前で両手を組む詩音が。

「昨日はごめんね。わたし、ついカッとなっちゃって」

「うん」

「反省してる」

「そう」

「ほんとごめん」

「わかった。俺もちょっと言い過ぎたよ。ごめん」

 奏介はそう言って再び歩き出した。

「えっ、あ、奏ちゃん」

 呼び止める声に反応はしなかった。

 追いかけて来ることはなかったのでそのまま帰宅することにしたのだが、正門の前で下校する生徒達に声かけをする生徒会の姿が。当然生徒会長、泉カナメも立っていた。

 何食わぬ顔で通りすぎようとしたところで前を塞がれる。

「菅谷君、だったわね」

 奏介は一歩後退して距離を取った。

「そうですが、何か?」

「昨日のことだけど」

「なんですか?」

「……ちょっと生徒会室に来なさい」

 ここで逃げても後々面倒になるに違いない。奏介は大人しく従うことにした。

 生徒会室は特別教室などがある棟の一階にある。

「座って」

 奏介と生徒会長は長テーブルを挟んで、向かい合って座った。

「それで用件は」

「あなた、伊崎さんに随分言いたい放題だったらしいわね」

 奏介はぴくりと眉を動かした。心の奥底で、形だけでも謝罪されるだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「あの状況を招いたのはあなたなのでしょう? そこは反省すべきところだと思うわ」

 奏介は我慢できずにテーブルを両手で叩いて立ち上がった。

「話がそれだけなら帰ります。俺も暇ではないので」

「待ちなさい、話は終わっていないわ」

「失礼ですけど、会長さんと話したのは昨日が初めてですよね? これは俺とし……伊崎さんの問題です。他人の、しかもまったく関係のないあなたに口出しされるようなことではないです」

「……」

 正論が刺さったのか言い返しては来なかった。

「それでは。失礼しました」

 昨日の時点で申し訳なさもあったが、初めて怒りを覚えていた。暴力を振るったことに対する謝罪すらないとは。

「あれが生徒会長かよ」

 奏介はそう呟いて学校を出た。





 その日の夜。

 夕飯を終えた奏介は自室でPCをいじっていた。サイトにアクセスして、手頃な動画を再生する。おすすめに出てくるものを片っ端から見ていくと時間が経つのはあっという間だった。

 貴重な夜に無駄な時間を過ごしているという自覚はある。

「……」

 すました顔の泉カナメを思い出すだけで腸が煮えくり返りそうだ。

 と、家のインターホンが鳴った。

 母親が対応して、しばらくするとノックの音とともにドアが開いた。

「こ、こんばんは、奏ちゃん。お邪魔します」

「ちっ」

 爽快な舌打ちをしてしまった。詩音は顔を引きつらせる。そして、ドアの前に正座した。

「や、やっぱり怒ってるよね? あの時は私もカッとなっちゃってついあんなこと言っちゃったけど、本当に反省してるの。ごめんね」

 イライラしている原因は間違いなくカナメなのだが、彼女に当たらずにはいられなさそうだ。その前に帰ってもらった方が良い。

「学校で聞いたよ。何度も言われなくてもわかった。もう終わったことにぐだぐだしてても仕方ないだろ。わざわざうちへ来なくても怒ってないよ」

「ガチギレしてるようにしか見えないよ!」

「だから? 俺がキレてるから何? 望み通り、もう二度としおには干渉しないって誓うよ。これからは好きにすれば良い」

 いつの間にか詩音は目に涙を溜めていた。

「そ、そこまで言わなくたって」

「もうこれ以上話すことはないから帰ってもらえる? しおもせいせいするだろ。俺のこと、うざがってたしな」

「そ、そんなことない」

 それ以降奏介が無視していると、詩音はとぼとぼと帰って行った。

 言い過ぎたかもしれないが、これ以上は本当に傷つけるような言葉を口にしてしまいそうで。

「はぁ」

 奏介はおすすめの動画をクリックした。




 翌日。少し早めに家を出るとマンションの前に二つの人影があった。

 腕組みをして仁王立ちしているのは同じ高校の同級生、椿水果(つばきみずか)だった。その後ろに隠れるようにして奏介の様子を窺っているのは詩音である。

「おはよう、菅谷」

 やや喧嘩腰である。

「おはよう。随分早いね。俺に何か用?」

 水果は少し複雑そうに腕組みを解いた。

「あんた、マジで怒ってんだね。なんていうか、オーラが凄いわ」

「怒ってない。昨日から何度言わせるんだ?」

 水果は両手を前に出した。

「落ち着けって。昨日、詩音が泣きながら電話してきてさ。こっちもガチで凹んでんのよ」

「だから?」

「事情は聞いた。もう全面的に詩音が悪いわ。あんたはなんも悪くない。めちゃくちゃ反省してるし、許してとは言わないけど、詩音とは今まで通り幼なじみをやってくれないかね?」

 彼女の後ろで何度も首肯く詩音。

「椿さんは知らないだろうけど、しおは俺に干渉されるのを嫌がってたんだ。これはしおが望んだ状況だよ」

「まぁまぁ。てか菅谷さ、なんか詩音以外にイライラしてない? 八つ当たりしてる感じするんだけど」

 言い当てられて、奏介は黙った。

「あたしに言ってみ? 聞いてやるからさ」

 すっと怒りがおさまった。知り合ったのは中学生のころ。詩音の友人として紹介された。空気を読んで人の気持ちを察することに、本当に長けている。

 説得され、仕方なく昨日の生徒会室での会話をそっくり話すことにした。何を言っても冷静に返してくる水果に根負けしたという感じだ。

 そして話し終わると、

「ええ……」

 水果は顔を引きつらせた。さすがに生徒会長の言動に引いているようだ。

「マジ? 頭のネジ飛んでんじゃないかい?」

「しおが何か言ったんだと思ってたけど」

 すると詩音はぶんぶんと首を横に振った。

「言ってないよっ」

「あー、まぁ謝りもしないでそんなん言われたらそりゃ怒るわな。でもさ、だからって詩音に当たるのは止めようよ。だって詩音は謝ったんだから。泣くほど反省してるんだよ」

「……」

「奏ちゃん」

「菅谷?」

 二人に迫られて、奏介は諦めたように肩を落とした。詩音に当たっていたことは事実だし、その言葉で彼女が必要以上に傷ついたのも分かっている。

「わかった。今まで通りね。でも、前みたいに何から何まで世話は焼かないよ。良い?」

 詩音がぱっと表情を明るくした。

「うんっ、奏ちゃんが普通に話してくれるだけで嬉しいもん」

「なんだそれ。うざがってただろ……」

「ふふふーん。ね、早く行こ」

 奏介は思わず苦笑混じりに息を吐いた。

「調子いいな」

「そうかな?」

「そうだよ」

「あ、水果ちゃんありがとねっ、それと朝早くからごめんね」

「いいよ。よかったじゃん、仲直り出来てさ」

「うんっ」

 三人で大通りのバス停へ向かうことにした。

「それにしても生徒会長……。凄く頑固で真面目で厳しい校則を増やしてってるって聞いたけど、そこまで非常識人とは」

「絶対に分かり合えない人種だよ」

 奏介はそう言ってため息を吐いた。

「私も……いきなり奏ちゃんを床に叩きつけた時は引いちゃった」

「もういいよ。関わりたくない」

 停留所に着くと同時に、バスが到着した。

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