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再会チェスト


 翌日、ぼんやりともやがかかったような頭で、枕飾りがすんだお兄ちゃんに挨拶してから、病院に預けられたままの荷物を引き取りにいった。危篤になる前に、あらかじめ移動していたので、それほど多くはない。

 両親は葬儀所との打ち合わせに忙しそうだった。学校に訃報連絡を入れて、一日フリーになった私が雑務をこなさなくてはならない。

 まったく、勝手に死ぬなんて、お兄ちゃんは迷惑だ。しかも、今はテスト期間中で、居なくなるんなら、もうちょっとタイミングをみてほしい。

 と口内で文句を垂れながら、残された荷物を紙袋に雑多に詰めて病室を後にする。

 敷居を跨いで、振り返ると、清潔な空間が広がった。白いベッドには寂しさだけが鎮座していた。もう、あの人は、いない。

 そう思うと、無性に涙が流れそうになった。

 寂寥を封じ込めるように、ドアを閉めて、指で瞼を押すようにしてから、歩き出す。

 ひぐらしの声が閉めきった窓を微かに震わせている。

 あの夏と同じ季節のはずなのに、深い喪失感が取り巻いていた。

 消毒液の匂いが何処かから香り、長い廊下が真っ直ぐ延びていた。

 神様に救いを求めるように顔をあげると、誰かが立っていた。

 小柄な人影。

 華奢な女の子だ。心配そうに私を見つめている。

 黒くて大きい瞳と、雪のように白い肌。

 一瞬、寝不足から来る白昼夢かと思った。だけど、目の前の少女は確かなものとして存在している。

 視線がぶつかり合って、彼女は薄く唇を開き、

「久しぶり」

 と微笑んだ。

 薄いピンク色の入院着を羽織った少女の小さな手には、あの頃と同じように文庫本が胸に抱かれていた。


 望月カフカは中学の同級生で、小生意気な私の親友だった。物怖じしない性格で、なぜかウマが合い、よく行動を共にした。

 休みがちの彼女は暑くも寒くもない曇りの日ぐらいしか登校しなかったので、一緒にいた時間はごく短いが、あれほど打ち解けた友人は少ないだろう。

 まさか病院で会うとは思ってもみなかったが、呆気に取られていた私にカフカは「ここじゃなんだから、談話室に行きましょ」と昔と変わらぬ気さくさで声をかけてきた。彼女の適応力の早さは相変わらずだと感心したが、お兄ちゃんが亡くなったばかりで、旧友と話している暇はない。

「ごめん、ちょっと立て込んでて」

 と私が言うと、カフカは残念そうに「そう」と呟いた。

 左手に留められた腕時計をみると、両親との待ち合わせまで、一時間以上あった。ここから葬儀会場まで大体三十分だ。

 ちょっとぐらいならいいか、とすぐに考え直す。

 お兄ちゃんの死を受け止めるにはまだ心の準備が整っていない。

「あまりいられないけど、久しぶりに話そうか」

 と私から声をかけると、カフカは嬉しそうに微笑んだ。



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