遠方メッセージ
隣のクラスの子から聞いた話によると、数学の授業中にガツンと大きな音がしたので、振り向くと、意識を失ったカフカが、しこたま額を机に打ち付けて動かなくなっていたらしい。教師はすぐに一一九をダイヤルし、到着した救急車で市内の病院に運ばれていったそうだ。
命に別状はなかったが、彼女が学校に戻ってくることは二度となかった。
なし崩し的に転校したらしい。
教室にあった机は一週間後には撤去され、地方の病院に入院することになった。
それから数週間たって、音信不通だったカフカからメールが届いた。
風の噂は本当だったらしい。
まず文頭に、謝罪の言葉が述べられていた。次に近況。
幼い頃から病弱だった彼女は、一般的な中学生活を送りたいと我が儘で私と同じ学校に通っていたが、ついに無理がたたって、意識を失ってしまったらしい。大規模な医療センターが近くにある学校に転校することにしたとメールには書いてあった。
彼女が休みがちなのなはサボりではなく、検査や体調などの都合だということはわかっていたはずなのに、改めて本人の口から言われると、なんとも言えない気持ちになった。
よかったら、また連絡して、と結びの言葉があった。
なんて返信したか、覚えていないが、数週間は彼女とメッセージのやり取りを続けたと思う、が、日をおうごとに文字数は少なくなって、一ヶ月がたつ頃には完全に無くなってしまった。中学の頃の友情なんてそんなもんだ、と大人は言うが、正確には違う。
最後にボールを持っていたのは私で、返信することができなかったのは、全部劣等感のせいだ。
最後のメッセージには、出版社から書籍化の打診が来たと綴られていた。私はずっと返事をしようと考えていた。だけど、月日が経ち、時間という雪が地面を覆い隠していくように、話すべき言葉を失くしてしまったのだ。決定的だったのが、私はもう彼女にとって不要な人間だと思い知らされたから。
カフカが投稿していた小説は更新され続けて、相も変わらず素晴らしいデキだった。あまりにも良すぎるので、彼女にアドバイスなんて要らなかったと悟ってしまった。わたしは余計なことをしていた。
自身がカフカにとって必要な人材だと無理矢理思い込むことで幼い自尊心を保ってきた。だけど、完全に自立したカフカの作品のクオリティは高まるばかりで、いつしか自尊心は劣等感へと様変わりし、劣等感はそのうち虚無になって、穴の空いたタイヤから空気が漏れるように、やる気が去っていったのだ。
ああ、こんな自分、大嫌いだ。
カフカと一緒にいると惨めな気持ちになる。だから私は逃げたのだ。
カフカは返事を催促するということもなかった。去るものは追わず、そういうドライなところは実に彼女らしいと思っていたが、今日今現在、望月カフカは再び私の目の前に立っている。
最後に会話を交わしてから、一年以上たって、一体なにを話せばいいのかわからないが、彼女のふてぶてしさは変わらないようだ。
紙パックがペコリとへこんだ。
中身を飲み干したカフカはもの惜しげにストローから口を離し、テーブルの上に空になった紙パックを置いた。
「いい小説なのよ。面白くはないけど」
さきほどから彼女は『生まれ出る悩み』について私に聞かせてくれていた。どういう話なのか訊ねたのはずいぶん前だ。
作者の有島武郎についてもよく知らないし、そんな人が書いたものについてもあまり興味は持てなかった。白樺派がどういうものなのかすら、私にはわからない。興味がないから覚えられないのだ。
それでもカフカは私に粗筋を教えてくれた。
夢をおっていた才能ある『君』が、貧窮と家族のために、才能を捨て、生ける屍になってしまったことに対するやるせなさやいたたまれなさを繊細な筆致で描く小説だ。
創造するすべての人たちに、春が訪れることを祈る、そういう結末だそうだ。
いまの私には必要ない。




