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 人間が外部に向かって、最初の一歩を踏み出す時、その身には全身に苦痛が感じられる。この点に、例外はない。よって、ベレー帽を被った画家、パイプをふかした詩人とは今ではお笑い草以上のなにものでもない。自身のしている事は快楽ではなく、苦痛であり、しかもそれが苦痛であるが故に意味あるものだという事を知るというのが、最良の芸術家に共通した特徴である。この時、この芸術家は敷居を越え、最初の一歩を踏み出す。それは辛い一歩である。大気から抜け出し、真空に着地するかのような、苦痛の一歩である。しかし、それ故にその人は始めの一歩を記し、そしてその事がおそらくはこれまでの人類を牽引し続けてきたのだ。


 私はこの文芸評論を、他の文芸評論家達の文章を知らないままに書いている。私が知っている文芸評論家は小林秀雄ただ一人と言って良い。私は現代の、知った風な顔のインテリ達を特に信じてはいない。彼らが何かに、辛そうに耐えているのは、自身の重みではなく、単に世界の重みであるにすぎない事を知っているからだ。多くの人の苦痛というのは、世界そのものに溶け込む、その時に個性を消去されるその苦痛であるが、それが彼らの最大の苦痛である所以は彼らがそれを感じまい、とする点にある。自分達は賢いとか頭が良いとか自惚れる事は結構な事である。デリダに、サルトルに、フーコーに言及する事は結構な事であろう。しかし、彼らがいつまでたっても自分自身に到達する事ができないのは、彼らがいつまでも「知」という外的な道具を振り回しているからだ。知とは自身の無意識や肉体とかけ離れた外的な道具ではない。それは常に、自己発見の道具であった。哲学の歴史の歩みにおいて、それが哲学者自身を基盤にして一大展開するという事は、ソクラテス以来行われてきた。外的なものを否定するのは内的なものである。しかし、その内的なものの中に、すでに外的なものは刻印されているのである。絵画における印象派を見れば、それは明らかであろう。彼らは見ているという事そのものを描こうとした。見るという事態は対象を、各々の視覚、その認識領域において見る事である。画布に、立体的に世界を構成して何が悪いであろうか。そもそも、絵画の歴史においてその始まりが写実ではなく、また文学の始まりが自己告白でないという事は思えば不思議な事である。自己というのは、常に後から後からに、客観的なものの後に、波のように押し寄せてきた現象なのかもしれない。そしてそれはおそらくは、常に外的なものを内化し、内的なものを外化してきた人間の歴史と相関関係がある。人間の無意識が発見されたのは、ここ最近の事である。そしてそれが発見されたのは、人間が十分に客観化し、社会の道具に近いものに落とし込められた時期である。言ってみれば、人間の無意識が発見されたのは、その意識ーー脳髄が社会によって製造された観念によって物化された「後」の事なのだ。人間の意識が物と化したからこそ、人は無意識にその自由を求めた。シュールレアリズムの一派らは、意識と脳髄によって世界から疎外されたために、無意識の領域に逃げ込んだとも言える。つまりその時になって始めて、人の無意識は独立した領域である事が判明したのだ。


 こういう事を語るのは、「ライ麦畑でつかまえて」という作品とはあまり関係がないかもしれない。しかし、おそらくは大いに関係ある事なのだ。人間がーーーまた、個性というものが、外部世界を蹴りだす時、それはどこに逃げ込むか。どこに逃げ込まざるを得ないのか。私の思うに、芸術の本質とは常に変わらないものであるが、しかしそれは同時に各時代において、その形式を変転させる。ディレッタント達の根底的な間違いというのは、形式を本質と取り違える事にある。彼らはモーツァルトの形式を聞くが、本質は聞かない。しかしもちろん、本質は形式によってのみ語られる。そしてその事実を逆さにする事から人は芸術鑑賞を始める。人は、形式を至上のものとする。気取った態度でクラシック音楽を聞く。また、プロの音楽家も、彼らは音楽の本質、芸術の本質については知りはしないが、事細かな芸術的些事、細々した知識についてはよく知っている。こういう転倒が起きるのは現代ならではの事である。しかし、それでは芸術は現在に迫れない。また、自己自身を解剖できはしない。


 「ライ麦畑でつかまえて」という作品はまぎれもなく、現代の作品である。私がそう思うのは、そこに現れる全てのものが主人公の意識の階層を経て出てくるものだからだ。私は次にその事について述べようと思う。



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