6.忘れ物
その少女は、人の目を見ることが出来なかった。
人の目は、怖い。
そう少女は思っている。
人の目は、時として言葉以上に、蔑みの悪意という残酷さを物語る。
少女の心は、そんな悪意に傷付けられることに耐えられなかった。
その悪意から逃げ続けているうちに、いつしか少女は、人の目を見ることが出来なくなっていた。
そして、ただそれだけが、癒えることのない心の傷を増やさないために、少女が出来る唯一のささやかな抵抗だった。
あの公園からだったような気がする。
少女が、拙い者の凶暴な残酷さに晒され、人の持つ悪意という恐怖から逃げ始めてしまったのは
少女は、思い出せなかった。
あの公園で何があったのかを、忘れてしまっていた。
だが、本当に忘れているだけなのだろうか。
忘れているのではなく、忘れていたい、思い出したくないだけなのではないのか。
今朝、あの公園に行ってから、そのことばかりを考えている。
いくら考えてみても、少女には分からなかった。
もう一度、あの公園に行かなければならない。
少女に分かっているのは、それだけだ。
理由は、分からない。
大切な忘れ物を取りに行かなければならない。
胸に迫るような、そんな強い思いが、あの仔猫の顔を思い浮かべるたびに少女の中に満ちていく。
人の目が語る悪意から逃れている少女は、自分を追い続ける青年の視線にも気が付かなかった。
少女は、トレイと台拭きを持って、青年のいたテーブルに向かっていた。
青年のいたテーブルには、全く口の付けられていないままの紅茶が置かれている。
その紅茶を見て、少女は、青年の様子が少しおかしかったのではないかと、ようやく思い始めていた。
紅茶をさげ、テーブルを拭いていた少女は、青年の座っていた席の隣の椅子に何かが置かれているのに気が付いた。
それは、青年の抱えていた書類ケースだった。
少女は、とっさに持っていた台拭きをテーブルに置き、書類ケースを掴んだ。
そして、店の出入り口のドアの方に向かって走り出していた。
青年の忘れ物を届けるために