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黒孩子  作者: カギシッポ
35/38

34.伝言

 少女のメモ書きに目を落としていた母親の耳に、とても小さな声が辛うじて届いた。

 メモから顔を上げた母親の視界に、目を細く開いた少女の顔が映る。

 少女は、母親の方に少しだけ顔を向けていた。

 動き続けている少女の口が、母親に何かを伝えようとする意思を示す。

 母親は身を乗り出し、少女の口元に耳を当てた。

 「お母さん・・・、私・・どうしたの・・」

 消え入りそうな声を、母親は、どうにか聞き取ることが出来た。

 「あなたは、公園で倒れて、病院に運ばれたのよ。意識が戻ったのね。良かった。もうしゃべらないで、安静にしましょう。でも、本当に良かった。」

 母親は、そう言って少女の顔を上に向けてやり、椅子に座った。

 「・・・倒れてから、どのくらい経ったの・・・」

 「4時間ぐらいかしら」

 母親は、少女の質問に答える。

 「明日、海に連れて行ってもらう約束をしてたの」

 少女は、視点の合わない眼差しで、宙を見ながら独り言のように呟いた。

 「でも、行けないみたい。」

 少女の目が潤み始める。

 母親は、黙って少女の言うことを聞いていた。

 「行けないって伝えて、ごめんなさいって」

 「分かったわ。とにかく今は、安静にして、眠りなさい。」

 青年に、海に連れて行ってもらうということは、聞いていた。

 「猫達にも御飯をあげられないし、ごめんなさい」

 少女の目から、熱いものがこぼれ光の筋を創った。

 母親の手が、少女の顔にのびる。

 「明日の待ち合わせ場所、どこなの」

 涙を拭いながら、母親が聞いた。

 少女の顔が母親、再び母親の方を向く。

 「お母さん、心配かけてごめんなさい。」

 少女の視界に、霞がかかり始めた。

 「気にしなくていいのよ。とにかく今は眠りなさい。」

 母親は、もう一度、少女の顔を上に向けてやり、我が子の頬を撫でた。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」

 少女は、うわ言のように、ただ謝り続ける。

 何に謝り続けているのか。

 誰に対して謝り続けているのだろうか。

 「何も気にしなくて良いから、もうお休み」

 母親の言葉にこたえるかのように、少女は言葉を止めた。

 そして、少女は静かに目を閉じる。

 少女の目から、また、涙がこぼれた。

 母親は、それを拭おうと、再び手を伸ばす。


 そのとき


 少女に繋がっていた心拍計の波形がフラットになった。

 集中治療室に警告音が鳴り響く。

 丁度近くを通りかかっていた医師と看護師が、部屋に飛び込んでくる。

 母親には、一体、目の前で何が起こっているのか、

 何が起ろうとしているのか、

 それが理解出来ない。

 尋常ではない切迫感だけが、室内に満ちていた。

 呆然と立ち尽くし、必死に命を救おうとする医師達と我が子とを、ただ見守り続けることしか出来ない。


 医師が電気ショックを行った。


 波形がフラットから戻らない。


 人工呼吸が続く。


 医師は再度、電気ショックの指示をする。


 母親は、目の前であまりにも急激に展開される光景に、何かの映像を見ているような、そんな現実味の欠如の中にいた。


 永遠に続くかと思われるような慌ただしさが、突如として途切れる。


 医師は体を屈め、少女の閉じられた目を指で開き、それに小さなライトのようなものをあてていた。

 腕時計を見て、時間を読み上げる。


 医師が、母親の方を振り返った。


 医師は、母親に向かって何かを言ったようだ。



 母親には、その意味をすぐに理解することが、出来なかった。 


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