28.駐車場
初夏の心地良さは、既に梅雨の湿気に消し去られていた。
曇り空の下を自転車で走る少女に、朝の空気が、僅かな爽やかさを与えている。
夜間中学は、もう夏休みに入っていた。
梅雨が明けた後に、青年との約束の日は訪れるだろう。
その日を思うとき、少女の心は、喜びと小さな不安とを覚える。
前日も走った、いつもの風景があった。
公園に差し掛かるまでは
そこには、一つだけ、前日までとの違いがある。
公園の駐車場には、いつも白いコンパクトカーが停まっていた。
「先生」が乗っている車が。
だが、それがない。
他の車も、自転車も、そこには停まっていなかった。
「先生」は、公園に来ていないのか。
駐車場を見た少女の足が止まっていた。
少女の視線は、駐車場に吸い寄せられたかのように動かない。
自転車の速度が落ちてきた。
少女は、緩やかにブレーキをかける。
駐車場の前で、自転車は止まっていた。
少女は、足を着き、視線を上げた。
その視線の先には、公園の階段があった。
そして、その先には。
少女は、その先を確かめなければならないと思った。
自転車を降りて、階段を昇り、「先生」と猫達がどうなっているのか。
それを確かめなければならない。
そう思った。
だが、足を着いたまま、少女の体は動かない。
少女の中に、怖さが芽生えていた。
それは、次第に大きくなり恐怖となって少女を支配する。
その恐怖に心が耐え切れなくなったとき、少女の足は再び自転車をこぎ始めていた。
少女は、視線の先がどうなっているのか確かめることが、怖かったのである。
少女は、また逃げ出すのか。
少女は、前だけを見ていた。
少女には、他に何も見ることが、出来なかった。




