25.来訪者
初めて受けた授業は、少女の想像と、かなり違うものだった。
その違いは、夜間中学という形態がもたらす特殊性ゆえのものだ。
同じ教室にいる生徒同士の間にも、著しい学力の差が存在している夜間中学においては、全ての生徒が同じ学習をするわけにはいかなかった。
授業内容は、自然と、最も多くの生徒が有する学力状況に合わせざるを得ない。
多くの生徒は、ひらがなの読み書きと、足し算や引き算といった簡単な計算が出来る程度の学力だった。
授業は、それらの生徒に合わせて行われる。
生徒の座る席も、学力に合わせて決められているようだ。
最初の授業は、国語だった。
少女には、プリントが配られ、自習するように指示された。
だが、少女は、早々にそのプリントを終わらせてしまう。
担任は、それに気付くと、少女に「ひらがな」の分からない生徒に文字を教えるように頼んで、そのためのプリントを渡した。
少女は担任からプリントを受け取り、「ひらがな」の読み書きが出来ない生徒に配り、教え始める。
幼い頃の公園での日々を、少女は思い出す。
「先生」が教えてくれたことを、自分もまた同じように教えていることが、何か不思議な感じがして照れ臭かった。
国語の授業が終わると、給食の時間だった。
生徒と教員は、セルフサービスで供給される給食を食堂で食べる。
夜間中学は、在校生の年齢が低いので、終業時間をあまり遅く出来ない。
その関係で、定時制高校よりも始業時間が1時間ほど早かった。
そのため、定時制高校では始業前に行われる給食が、夜間中学では、1時限目終了後に行われる。
給食には、野菜の添えてあるハンバーグが出た。
程良く焼かれたハンバーグには、たっぷりとデミグラスソースがかけられている。
それに白飯とみそ汁、牛乳と果物が付く。
一般的な学校給食に牛乳を出すことは、少なくなってきていた。
だが、貧しい食を強いられ続けた黒孩子用の給食には、より多くの栄養素が必要だった。
その供給源として採用されたのが、牛乳なのである。
最初の給食であるため、生徒の年齢層に合わせたメニューとしてのハンバーグだった。
席に着いた少女は、皿の上に乗ったハンバーグに見入っている。
少女が、ハンバーグを初めて食べたのは、喫茶店でのまかない料理だった。
それとは違う外見のハンバーグは、どんな味がするのかを想像してみる。
少女がハンバーグから顔を上げると、周りの席の生徒達も、少女と同じように給食に見入っていた。
少女は、黒孩子でありながらも、食に関しては、それほど酷いものは摂っていなかった。
だが、ほとんどの黒孩子は、人としての満足な食事など、望むべくもない環境で生きて来たのである。
目の前の食事が、一体何なのかも分からない生徒もいたはずだ。
憧れに近い感情が、ただのハンバーグから目をそらすことを、出来なくしていた。
少女は、箸でハンバーグを切り分け、それを口に運ぶ。
ハンバーグは、手作りだった。
家庭料理に近い味が、自家製のデミグラスソースと混ざり合い、肉汁のコクと玉ねぎの甘さとが、厳しい境遇に疲れた味覚を癒していく。
そんな味だった。
ランチの後片付けをしながら、少女は昨日のことを思い出していた。
少女は、ふと、時計を見る。
もうすぐ、ランチタイムが終わってしまう。
絶望感が少女に湧きかけたとき、喫茶店のドアが開く。
少女は、急いで振り向いた。
作り物でない笑顔が、少女に生まれる。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら、少女は、ドアに向かって走り出していた。




