23.学校
入学式の翌日、少女は、初めて教室というものに入った。
少女だけではない。
ほぼ全ての新入生が、学校の中に入ったことさえもなかった。
教室では、初めに50年配の女性の挨拶と自己紹介があった。
それが、少女達新入生の担任だった。
そして、副担任を始めとする教職員達の自己紹介があり、その後、国語と算数の簡単なテストが行われた。
黒孩子同士でも、生きてきた環境によって、その学力にはかなりの差があった。
そのような者達が、同じ教室で学ぶためには、どうしても、それぞれの学力を把握する必要がある。
それを知るための試験だった。
新入生の中には、自分の名前さえ書けない者もいるため、あらかじめ名前の書かれてある試験用紙が配られた。
試験の後は、校内の施設を見学した。
新入生には、おそらく、施設や設備について説明されている内容のほとんどが、理解出来なかっただろう。
新入生には、12歳から16歳までの年齢の男女がいた。
16歳である少女は、その中では、最年長者の一人だった。
施設見学を終えた新入生達が教室に戻ってくると、試験の結果が出ていた。
だが、採点された試験は、新入生達に返されない。
あまりにも点数に差があるが、それは、新入生の責任ではない。
そんな本人達が結果を知らされることは、入学したての段階では、あまりにも残酷であると判断されたのである。
教室には、担任と副担任が残り、ホームルームが行われた。
ホームルームでは、まず学校がどういった所であるのかの説明から始まり、クラスの運営についてや学 級委員や各係についてを話した後、新入生からの質問を受け付けた。
質問は、無いと思われた。
新入生は、学校そのものについての知識が皆無なため、何を質問して良いのかさえ、分からないのである。
そんな中、挙手をする者が一人だけいた。
少女が、質問の手を挙げている。
「学級委員や係は、どうやって決めるのでしょうか。」
それを聞いた担任が、嬉しそうな顔をした。
「立候補や推薦で決めますが、どうですか、あなた学級委員をやってみませんか。」
ほとんどの新入生達は、「立候補」も「推薦」も意味が分からない。
だが、少女は、その二つの言葉の意味を知っている。
工場で過ごした日々が、少女に年相応以上の知識を与えていた。
少女は、教科書と問題集で勉強する他に、新聞を読んでいた。
工場の人達が記事を選んで、少女にそれを読ませていたのである。
担任の言葉に、少女は、新入生の中で自分だけが、教員達の話を理解していることに気付く。
急な担任の提案に、少女は、教室中を見回した。
新入生達が、皆、自分を見ていた。
自分と同じ境遇の者達が、そこには、いた。
やっと出会えた仲間達
少女は、この仲間達のために何かをしたいと思った。
「はい、私、やってみます。」
気が付くと少女は、そう答えていた。
「引き受けてくれるのね、ありがとう。では、前に出て来てください。」
担任は、そう言って少女を呼んだ。
少女が前に出て担任の横に立つと
「まず、皆に自己紹介しましょう。」
そう言われ、少女は、自己紹介をする。
「これから係を決めましょう。」
担任は、そう言って、少女に黒のホワイトボードマーカーを渡した。
「学級委員さんは、ここで係と係になった人の名前を書いてください。」
係名を書いた紙を、少女は担任から渡された。
少女の学級委員としての最初の仕事が始まった。
少女は、使用済みの食器を片付けながら、昨日のことを思い出していた。
新入生の受けた試験の結果は、担任の予想と大きく違っていたようだ。
少女に、普通の中学生以上の学力が備わっていたことが、担任にとっては、とても嬉しい驚きだった。
担任は、そのような黒孩子のことを聞いたことがない。
学級委員は、最初から少女にやってもらうつもりだったのだろう。
また、担任は、入学式の日に撮った学生証用の写真を使って、全ての新入生の名前と顔を、ホームルームのときまでに既に覚えていた。
それは、自分の名前が書けない黒孩子がいることを配慮したためだ。
そんな担任に、少女は、公園での「先生」との日々を重ね合わせる。
大きかった不安が、今では、楽しみへと替わっていた。
今日は、給食があると言っていた。
教職員の紹介のときの栄養士と調理員の顔が浮かんだ。
栄養士は、まだ20代前半の美しい女性だった。
調理員は、30歳ぐらいの小柄な男性だ。
眼鏡をかけ髪をオールバックに撫でつけてある、少しダンディーな感じの人だった。
少女は、二人から、とても優しそうな印象を受けた。
二人が、どんな給食を作ってくれるのか楽しみだった。
喫茶店で洗い物をしながら、そんなことを考えている少女の心を、ふと不安がよぎる。
先程までの回想の楽しさが、きれいに消え去っていた。
少女は、青年のことを考えている。
また、勉強を教えてくれると約束してくれた青年のことを
自分が黒孩子であることを話してしまったという現実が、傷付きやすい心を苛む。
もう、この店に来てはくれないかもしれない。
少女の心を、巨大化した不安の鉤爪が、醜い傷跡を残しながら引き裂いていく。
少女が黒孩子であると知られてしまってから、最初の週末が訪れる。
明日、青年は、来てくれるだろうか。




