20.逃避
青年は訳文を読み終えると、それをA4判の封筒に入れ、デスクの3段目の引き出しに入れた。
彼の国の少女のことが書かれている文書をシュレッダーにかけることが、青年には、どうしても出来ない。
遺体を見つけたときから、少女の身に何が起こったのかは、頭の中では大体創造が出来ていたのだろう。
だが、それを考えることは、青年の心にあまりにも大きな苦痛を伴うため、無意識のうちに避けて、
いや、逃げていた。
そして、その予想は、ほぼ当たってしまっていた。
青年は、遺体を見つけた後、さ迷うような足取りでホテルへと戻り、朝食の時間まで部屋で一人きりで過ごした。
何も考えられず、何も出来ずに
青年のその姿は、まるで呆けているかのようだった。
朝食の時間が近づくと、機械的に部下の部屋に電話をし、ホテルのレストランへと向かった。
青年は、そこでは結局何も食べることが出来ず、コーヒーだけを飲んだ。
朝食後、青年は、常務に電話をした。
彼の国への出張の間は、定期的に連絡は入れているが、これだけ早い時間に電話をするのは、初めてのことだ。
連絡の内容は、前日までに全てのスケジュールを無事終えたことの確認と、現地の政府関係者への最後の挨拶を終えてから帰路に着くこと。
そして、宮崎のことだった。
わざわざ電話を入れた理由は、宮崎が犯したと思われる犯罪に、少しでも早く対処しておいた方が良いと判断したからだ。
青年の報告を聞けば、常務ならしかるべき対処をしてくれるはずだと思った。
報告を終えてから、しばらくの間のことは、まるで現実味がなかった。
ようやく青年が我に返ることが出来たのは、常温固体核融合施設のプラントに向かう電車の中だ。
青年は、逃げていたのかもしれない。
取り返しのつかない現実から
少女が殺される原因を作ってしまったのは、自分ではないのか。
自分が彼の国に行ったことで、宮崎を少女の元に招いてしまった。
そんな思いが、頭の中にこびりついて離れない。
自分は、一体何を、彼の国にもたらしたのだろうか。
住み慣れた町から追い出されていく人々
常温固体核融合施設建設のために、平穏な日常を奪われていく子供達
自分の暮らしを守るために、棒を振り上げながら叫び続けていた少年
そして、永遠に失われた少女の微笑み
青年は、今も、まだ、逃げ続けているのか。
現実を受け入れきれずに
常温固体核融合が、世界中全ての人々に利益をもたらしてくれると信じていた。
その信念が揺らいでいる。
常温固体核融合は、世に出してよかったのだろうか。
それが世に出ることで起きた悲しみは、一体、誰がもたらしたものなのか。
青年は、答えのない自問自答を繰り返し続けていた。




