19.屍
青年は、少女と別れた後、繁華街を一人で歩いていた。
目的地など無い。
ただあてどもなく、足の向くままに歩いている。
部下達は、いつの間にかいなくなっていた。
少女と話している青年を見て、気を利かせたのだろう。
気晴らしに、異国の街を一人で気ままに歩くことにしてから10分ほどが経っていた。
一度安堵した心が、再び不安に浸食され始める。
青年の中に、少女の姿を探す自分がいるのを感じている。
少女が宮崎と再び出会わないことを願っていた。
青年は、歩いている部下達の姿を発見する。
部下達も、あてもなく街を歩いていたのだろう。
青年は部下達と合流し、また歩き始める。
それから5分ほど街を散策し、手頃な酒場に入った。
最初にビールで乾杯し、今回の出張の目的である契約が無事に締結出来たことへの、打ち上げが始まった。
皆、メニューを見ながら、名前も知らない現地料理を、それぞれに注文していく。
大体の内容は、一応英語で書かれているが、実際に並べられた料理の味は、想像と違っている物もあった。
ほとんどの料理は美味しかったが、中には口に合わない癖が強い物もある。
出張の最後の夜とあって、皆、疲れているのか、一時間ほどで注文は絶えた。
青年達は店を出て、また散策に歩き出した。
軽く酔いが回っている。
店に入ったときは、まだ外は辛うじて明るさを残していたが、夜の闇は、ほんの束の間を使って辺りを支配していた。
日が落ちてから、人の群れは、濃さを増している。
繁華街は、覚醒し終えたようだ。
青年達も、群れの中に入って行った。
歩いている青年の目は、無意識のうちに白い服の女性を探していた。
少女のことが、妙に気にかかっている。
宮崎の執拗さは、既に狂人のものだ。
付き纏われてきた青年自身が、それを最も思い知らされている。
少女が、素直に家に帰っていればいいと思った。
離れた人の群れの中に、棚引く長い髪があった。
その下には、白い服がある。
青年は、それが少女であると、瞬時に確信した。
遠くて、顔までは分からない。
ただの白い服を着た髪の長い女性が、走っているだけだった。
それでも青年には、分かる。
そして、少し離れて続く不快な卑しい男
青年は、走り出していた。
「先にホテルに帰っててくれ」
部下達を振り返って、叫ぶように言うと、少女を追った。
人ごみをかき分けながら必死に走るが、少女との距離が縮まらない。
少女が、急に路地を右に入った。
宮崎も同じ路地を曲がってしまう。
青年が少し遅れて路地を曲がったときには、二人の影は、もうなかった。
その後、一時間ほど辺りを隈なく探し回った。
広い街ではない。
だが、少女の姿は、どこにも見えない。
無事に、家に辿り着けたのだろうか。
青年には、それ以上何も出来なかった。
仕方なくホテルへの帰路に着く。
歩きながらも、青年は周りを見回していた。
白い服の女性を見るたびに、近付いて行ってしまう。
酔いは、醒めていた。
ホテルに着くと、部下達の部屋に電話を入れる。
部下達は、何も聞かなかった。
気の回る部下達に心の中で感謝しながら、青年は電話を切る。
少女を探して走り回り、歩き回った体は、まだ汗に濡れていた。
シャワーを浴びて着替えると、ベッドに体を横たえる。
疲れた体は、睡眠を欲していた。
だが、少女の身を案じる心が、それを拒み続ける。
卑しい者の愚行に踏み躙られている少女の姿が、青年の頭に浮かんでは消えた。
眠れないままに窓に白みが差していく。
青年は、ベッドから起き、立ち上がった。
外出着に着替え、身の回りの物を身に付けると、部屋から出て行く。
少女を見つけられなかった焦りが、青年を突き動かしている。
ホテルから出ると、外は、早朝の静かな優しい明るさに包まれていた。
青年は、少女の姿を求めて歩き始めた。
とりあえず、繁華街の方に足は向いている。
その後、どこを探せば良いのかは、分からない。
早い時間のため、人は、まだ少ない。
ある一角だけを除いては
歩き出して間もなく、小さな人ごみと騒めきとが青年を迎える。
青年は、何かに引き付けられるかのように、その中に入って行く。
その一角から路地に入って行くと、ゴミ置き場があった。
人は、そのゴミ置き場を取り囲むように集まっている。
青年は、人を掻き分け、群れの先頭に出た。
そこには、周辺の住宅から出されたゴミが、無造作に積まれている。
そのゴミに紛れるように、白いものが横たわっていた。
建物の隙間から差し込んだ朝日に、その白さが映えている。
青年には、その白さに見覚えがあった。
そこに、少女はいた。
いや、そこに、少女はあった。
その白いものとは、既に骸となってしまった少女だった。
ゴミのように無造作に打ち捨てられ、朝日に照らされながら横たわる白い服を纏った屍
かつて青年を迎えてくれた幼さの残る可憐な笑顔は、全ての感情が消失した死に顔と化している。
少女の変わり果てた姿が、そこにはあった。
醜い欲望に、将来の全てを奪われた少女の姿が
そして、少女を見つめながら立ち尽くす青年の姿が




