おはなしたいむ?
くぐもった音がホテルの一室に響く。
連続して聞こえるそれは、サブマシンガンの発砲音だ。
サプレッサーがつけられ、音が押さえてあるうえに、亜音速弾―通常の弾丸より速度の遅い弾丸を使っていることで、ソニックブームによる音が押さえられ、さらに音が小さくなっている。
銃弾の雨、チープな表現だがそう形容するに相応しい弾幕のなか、楓は遮蔽物から遮蔽物へ素早く移動し、その合間に反撃を食らわせている。
グロックはすでに弾切れだ、現在楓が使っているのは襲撃者が持っていたMP5、日本のSATを始め、各国の警察特殊部隊で使用される傑作サブマシンガンである。サブマシンガンとは、券銃弾を連射するために開発された銃器であり、アサルトライフルより威力、貫通力に劣る代わりに、コンパクトで室内での取り回しに優れる。特にこのMP5は、サブマシンガンのネックであった、コンパクトなボディで連射することで生じるアサルトライフル以上の銃口のブレ、命中性の低さを克服した名銃だ。
だからこその、違和感。
(いい銃だ…とてもテロリストやそこらのギャングの装備じゃねぇ。日本なら、なおさら…)
犯罪者が使う銃にしては―良すぎる。
そんなことを考えながらも、迅速に、襲いかかってくる敵を倒す。自らが作った死体を肉壁に、銃弾を避け、死体の肩越しに、死体の肩を支えにしつつ、しっかりとサブマシンガンのストックを自らの上腕付け根に押し当て銃身を安定させてから、発砲。一人に二発ずつ、狙いやすく、即座に撃ち込める胴体に弾丸を送り込む。そして、足音を忍ばせ背後から近寄っていた襲撃者を感知、いくら訓練を積んでも、楓の耳は誤魔化せない。
死体を手放し、後ろ蹴りを見舞う。インパクトで出来た一瞬の隙を突いて振り返る。銃口を下に向けつつ、振り返る瞬間に構え直す。丁度銃口の軌跡が下にアールがくる弧を描くように。こうすることで、たとえ暴発しても背後に振り向くまでに居る敵以外の人間に当てずにすむ。周りが敵だらけではあまり意味はないが、癖になっているのだ。
なにもヘッドショットを決めずとも人は無力化できる。構え直し、頭より先に銃口が向いた相手の胴に二発撃ち込む。死体を捨てて無防備になったので、即座に近くの遮蔽物へ。
戦場はホテルの部屋の中なのでベッドや机には困らない。
マネジャーは戦闘開始直後、すでにどこかへ逃げている。
弾が切れたら死体から新しい銃を拾い、的確に、そして迅速に襲撃者を処理していく。
楓が周囲の安全を確保するまでに、およそ5分もかからなかった。
「さて、尋問タイムだ、なんであたしがお前だけ生かしておいたか…わからねぇほどバカじゃねぇだろ?」
口許に嗜虐敵な笑みを浮かべ、楓が目の前に座る男に話しかける。
否、座らせた、という方が正しいか。男は椅子に座らされ。手と足、それぞれの左右の親指を楓から見える位置で、結束バンドによって縛られている。これは楓か備えとしていつも持ち歩いているものだ。
後ろ手に縛らないのは、脱出されたとき、楓から見えない位置だとすぐに気づけないからである。
楓から見える位置で縛っておけば、おかしな動きをしたとき、即座に男に向けているMP5から弾丸を撃ち込める。
「おら、しゃべれ。お前らは何者だ?」
楓が脅すように声を低くしながら問う。訓練された動きと良質な装備から見て、なかなか口を割らないのは想定している。この尋問はダメ元の意味合いが強い。
―そのはずだったのだが。
意外なことに男は口を開いた。
お、と楓が内心驚愕する。男は、楓に一言呟く。
「蛇に正義と栄光を。」
(!)
その言葉…忘れかけるほど懐かしい、なれど忘れようがないその“蛇”という単語。他人と楓で聞いた際直結する意味の異なるその単語を聞いて、楓が驚愕する。
だから、遅れた、だから、許してしまった。
楓の目の前で、男が舌を噛みきり、大量の血を吐くのを。
「なっ…!」楓が声を漏らす。
舌を噛みきるなどなまなかな覚悟では…いや、相当の覚悟であっても苦しい。だから想定していなかった。それに加え、尋問という目的があったため、猿轡もしていなかったのだ。
明らかに致命的な出血量。
舌を噛みきり、出血性ショックで痙攣しはじめた男を半ば呆然と眺めながら、楓は“蛇”の記憶を反芻する。