家族に、名付けを。
「カエデ?なんじゃ、そりゃ。」
楓、否カエデがイヴァンに聞くと、彼は全く動じずに答えた。
「君の名前。僕が着けた。いやかな?」
きょとんとして首をかしげる。
嫌もなにも、訳がわからない。なぜ会って数分の、名前と家族構成以外全く知らない相手に名付けられねばならないのか。
いや、よく考えたら結構知ってるな、とカエデは考え直す。そもそも、数分でここまで教えるこいつがフレンドリー過ぎるのだ。こんなやつがこの貧民窟で生きてこられたことに軽く驚きつつ、カエデは複雑な気持ちを顔に出す。
「嫌…ではねぇけど。なんでいきなり?」
そんなカエデに、彼は
「家族になって欲しいから、家族として、名付けたんだ。ここじゃあ一人では生きづらいでしょ?あと…」
少年が口ごもる。カエデが続きを促すと、彼は照れ臭そうに言った
「僕の我が儘、君に興味があるんだ。君は、珍しい目をしていたから」
それは、眼の色等ではない、カエデの眼は黒色、人種のるつぼとも言われるこの貧民窟では特段珍しいものではない。
彼が言っているのは
その、光り。貧民窟でよく見る色を失った目とも、彼が目に宿す眩しさを感じさせるような光りとも違う、野生の獣のような、餓えを宿した光り。
カエデがイヴァンの眼を見て、”特別“を見いだし嫉妬したように、彼もまた、カエデの眼に”特別“を見いだし、そして焦がれたのだ。
そのことに気づいて、目の前の少年を苦味ばしった顔で見つめるカエデ、その胸中には、暖かなものが点っていた。
あぁ、どうやら会って数分で、自分はこの少年に心を溶かされてしまったらしい。全く、自分らしくも無いことだ。
だが、悪くない。いや、むしろどこか心地よささえ感じている。
それに気づいたカエデは、今日、始めて名前を手に入れた少女は
「あー、じゃあ、よろしく…。」
どこか気恥ずかしくて、目をそらしながらではあれど、これから家族となる少年に手を差し出した。
「うん!よろしく!カエデ!」
彼もまた、その手をとって。
一人ぼっちの獣は、人間になった。
今回短めですがここでいったん切ります。




