第3章 森の中へ
初の戦闘描写です。
戦闘描写の表現って案外難しいなぁ
樹木におおわれた暗い道をクライス、ギル、クラムの三人組は歩いていた。
時は少し遡る。
三人は一旦は集合したものの、クラムの「このままの装備で行って大丈夫なの?」の一言でそれぞれ一旦自宅に戻り、必要なものを揃えてまた集合することになった。
しばらく後に集まった三人は各々必要なものを最低限持って来ていた。ギルは攻撃用の短剣と杖とリュック、クラムはステッキと鞄を二つ(肩掛けと手提げが一つづつ)、そしてクライスは杖と肩掛け鞄を持ってきた。鞄は採取や各種アイテムの携帯に使うので、探検には必須と言える装備だ。
いつもは学校の職員が交代で務める見張り番のいる森への入り口は今日に限って誰もいなかった。それどころか、いつもは閉まっている重そうな鉄製の扉さえしまっておらず、半分ほど空いた状態で放置されていた。
「ちぇっ、せっかくよく効く眠り薬持ってきたのに、誰もいねぇのかよ」
とギルは不満そうだったが、クライスは内心ほっとしていた。彼は戦いは少ない方がいいと考えていたし、魔法もまだうまく扱えていなかったからだ。第一ここで騒ぎを起こしては、学校中の職員たちが集まってきたりする可能性もある。どちらにせよ騒ぎは最小限に抑えるべきだと思っていた。
そして現在。
なんなく<試練の森>に入り込んだ三人は今、暗く先の見えない荒れた土身の道をクラムの魔法によって杖の先から放たれる光を頼りに、奥へ奥へと進んでいる。
入り込んでから30分ほどたったころ、一行は暗い森の中では珍しく、日が差している開けた場所にたどり着いた。
するとクラムが道端に珍しい薬草を見つけた。採取したいというので三人は一旦休憩がてらしばらく散策することにした。クラムは採集、クライスとギルは近くの倒木に腰を下ろして休憩した。
クラムが夢中になって薬草を採取しているのを眺めながら、クライスは持ってきていた水筒の水を飲んでいると、不意に学校でギルが言っていた話を思い出した。
「ねぇギル、なんで急にここに来たがったの?」
「あぁ、それか。実はな...」
その時、二人は何かの気配を感じた。それも人の気配ではない。何かの獣のような気配だ。ギルもそれを感じたのか杖を構え、周囲を警戒している。気配の位置はかなり近い。ところが気配の位置に一番近いクラムは採取に夢中でまだ気づいていないようだった。危険が迫っていることを伝えるため、クライスはクラムに駆け寄ろうとした。
まさにその時だった。
ガサッ!ガササッ!
茂みから飛び出た多数の影がクライスたちのまわりを取り囲んだ。緑がかった小さい体(この頃のクライスたちから見たら十分大きかったかもしれない)、ギョロっとした目、細い手には各々棍棒やナイフをもっている。クライスは魔物図鑑でこの生き物を見たことがあった。間違いない、ゴブリンだ。ざっと見て数十体はいる。しかも数体上位種の赤ゴブリンも混ざっている。
「きゃあああ!?」
急に聞こえた物音と視界の端に写った影でようやく敵に気付きその場を離れようとするクラム。しかしその背後にゴブリンが忍び寄り、ナイフを彼女の首めがけて降り下ろした。
「危ない!!」
ザクッ
何かを切り裂くような音のあとに聞こえたのはクラムではなく、ゴブリンの叫び声だった。それも複数の。
「グギャアアア!!」
クライスが声のした方向に振りかえると五匹ほどのゴブリンが手や足に傷を受け、のたうち回っている。そのまわりには、何本ものナイフが突き刺さっている。クライスは、この光景に見覚えがあった。
あわてて今見ていたのと反対側の方向、つまり元々見ていた方向に視線を移す。するとそこには杖を構えたギルと、そのまわりを浮遊する無数の鋭いナイフがあった。
間違いない。これは彼の<個性>、<一斉攻撃>の能力だ。
<一斉攻撃>は使用者の回りに無数の武器や火器を出現させ、使用者の任意のタイミングで目標物に対して一斉攻撃を仕掛けることができる。ただしまだ未熟であった彼にはナイフや石など、限られた種類のものしか出すことができない。その分消費する魔法力は比較的少なく、溜めの時間も短い。速効性に優れたこの<個性>の能力によって生み出され、勢いよく放たれたナイフが、ゴブリンたちの体を切り裂いたのだ。
「二人とも、早くこっちへこい!!そこにいたら囲まれるぞ!!」
ギルの大声で不意に正気に戻った二人は、あわててギルの近くまで走っていった。今度は切りかかられないように、慎重に、そして素早く。
「二人とも、大丈夫か!?あいつら、だいぶ大勢できやがった!あんなに大勢で集まってるのを見るのは教科書でも、図鑑でも見たことねぇ!しかも気のせいかも知れないけど、赤い奴は全部受け流したように見えたし…。いったいどうなってるんだ!?」
「分からない、でもこのままじゃみんなやられるよ、数が多すぎる!!」
確かにその通りだった。こう話している間にもゴブリンたちは時折その独特で奇妙な鳴き声をあげ、そのたびにどこからともなく現れた何体かのゴブリンが群れに合流している。このままでは、たとえうまく戦えていたとしても持久戦の末負けるのが目に見えている。
策はもうないのか。諦めかけたその時。
突然クライスとギルの周囲を薄い青の光が包み込んだ。その途端、さっきまでと違う何かを感じる。体に力がみち溢れてきたような、不思議な感じだ。光の幕をよく見ると、それは体のまわりを覆う防壁であった。青い防壁。力が溢れてくるようなこの感じ。クライスはこの光景にも見覚えがあった。
また後ろを振り返る。するとそこにはステッキを構え、目を閉じ、薄く青いオーラをまとったクラムがいた。
これが彼女の<個性>、<精霊の加護>の能力だ。
<精霊の加護>は使用者と対象となる生物に対して防壁を展開し、さらに持続する回復効果、魔力・攻撃力増強効果を兼ね備えている。
「さぁ、効果が消えないうちに、早くやっちゃって!!」
そうだった。それがこの<個性>の欠点だった。この<個性>は能力は最強クラスだが、持続時間が短い。およそ五分で効果が消えてしまうのだ。さらに魔法力の消費がとてつもなく激しい。一回使うと再び使えるだけの魔法力がたまるまで二時間はかかるだろう。
疑問→つまりどういうことだってばよ?
結論→五分以内に全滅させちゃえ☆
うん、これだ。これしかない。
「ギル、短剣貸して!!」
「いいけど、あとでちゃんと返してくれよー!!」
ギルが革のカバーで包まれた短剣を投げる。なんとかそれをキャッチしたクライスはゴブリンの方に向き直った。
ギルが魔法でかなり数を減らしてくれてはいたが、まだ十数体はいるだろう。さらに赤ゴブリンに至ってはまだ一匹も減っていない。この状況をなんとか打開しなければ、勝ちは見えてこない。なんとかして、一気に相手を減らす手段を探さなければ...。
そして、クライスはある作戦を思い付いた。
「ギル、合図を出したら<一斉攻撃>を発動して!!」
「わかったよ、でも範囲は広いからな!自分に当たらないように気を付けろよ!!」
ギルの了承を得たクライスはゴブリンに気づかれないよう茂みを伝って、ゴブリンたちの背後にある大木の裏に隠れる。
そして、クライスは持ってきた肩掛けバッグの中から音響弾を取り出し、なるべく遠くに、しかしゴブリンたちから離れすぎない位置に投げた。直後に響くキーンとした音。防壁のおかげで外部からの過剰な音量の音は軽減されているため、クライスたちには少しだけ甲高い音が聞こえる程度だ。しかしゴブリンたちにはその大きな音がそのまま聞こえる。
暗い森で暮らすゴブリンたちは一般的に、視力よりも聴覚が発達している場合が多い。そのただでさえ高度な聴覚を持つ耳に、爆音をぶつければ、どうなるか。
その音を聞き付けたゴブリンたちはあまりの爆音に耳を押さえ、動きが一斉に止まる。
「あれか、合図ってのは!」
ギルはありったけの魔力を込め、<一斉攻撃>を発動した。
身動きが取れないゴブリンたちの体の至る箇所に、避けようのないナイフの雨が降り注ぐ。
「グギャアアアアア!!」
先程よりも大きく、そして多くのゴブリンたちの悲鳴。
その声がすべて消えた頃には、動いているゴブリンは一匹もいなかった。見逃していた一匹を除いて。
と同時に、<精霊の加護>の効果が切れ、三人の回りから青い光の防壁が消えた。
ほっと一息をつく三人。クラムに迫る死亡寸前のゴブリンには、気づかない。
直後、急に気配に気づいたクライスが振り返った時には、ゴブリンはクラムをナイフで切りつける寸前だった。
「やめろおおお!!」
声に驚き振り向いたクラムの顔が、恐怖に染まる。クライスは腰につけていた短剣を手に取ろうとしたが、何を間違えたのか、握っていたのはヒノキの杖だった。しかし今さら持ちかえる隙もない。もし持ち替えたとしても、その時には既にクラムは切りつけられてしまっているだろう。クライスは半分やけでその杖をゴブリンめがけて降り下ろした。
「くそぉぉぉぉ!」
その瞬間、クラムは見ていた。普段は黒い色の彼の右目が、血のように紅く染まった、その瞬間を。
ブンッ
ゴォッ!!
激しい閃光と、皮膚が焼けるような熱風。目を開けるとそこにはゴブリンめがけて飛んでいく、直径1mはありそうな炎の玉があった。火の玉は触れた周辺の木々を一瞬で消し炭にし、一直線に進んでゆく。そして玉はクラムをかすめ、すぐそばにいたゴブリンに迫る。その顔にはさっきクラムが浮かべていたような、いや、それよりもさらに強い恐怖が浮かんでいた。
火の玉はゴブリンに直撃し、その後少しづつ小さくなりながら3mほど直進した。そして、最後には少しの光を放ち、その場から消えた。
火の玉が消えたあと、改めてゴブリンがいた場所を見ると、そこには元々ゴブリンであったと思しき炭が山となって積もっていた。
唖然となる三人。しかし、その中でも一番驚いているのはこの火の玉をだした張本人であるクライスだった。
「とりあえず、村に戻りましょう。この様子だとまだ魔物が出てくるかもしれないけど、また戦いとなると今度は厳しいし…」
「そ、そうだな!一旦村に帰ろう!な、クライス!」
「う、うん…」
こうして三人は、「静かの村」に帰っていく。<試練の森>はそんな三人をも暗闇のなかに呑み込んでいくのであった。
ふとクラムは思い出したかのようにクライスの目をのぞきこんだ。彼の目は、黒かった。
サブタイトルのネタが早くも切れてきました。
しばらくは適当かも知れませんがなにか思いつけば改訂しておきます