第2章 日常と魔法
一気に時間進みます。
彼は悩んでいた。
まだ短い彼の人生では、これは今までで最大の、そして最も難しい選択かもしれない。
グミか、チョコレートか。
今のおこづかいから考えて、買えるのは二つに一つ。
「うーん、やっぱりここはグミかなぁ、でもチョコも捨てがたいなぁ…。うーん…」
彼はメトス・クライス、十歳。そしてここは彼の家のある「静かの村」の中にある駄菓子屋。彼は今日のおやつについて真剣に悩んでいた。
個性判定で世界中のクロスボーラーに衝撃が走ってから五年。彼の両親は彼に対して自らが持つ<個性>を<状態治癒>という回復系の<個性>だと信じ込ませていた。それを知った他の村の住人たちも彼らに話を合わせている。初めのうち、村の住民たちはいつこの秘密がバレるかと怯えながら暮らしていたが、純粋なクライスはそれを疑いもしなかったため、今の今までバレそうになったことさえなかった。
クライスはクロスボーラーの育成を専門とする村立魔術学校でならった、「名義上は」自分の得意分野「であるはず」の魔法の一種、解毒魔法を最近練習しているのだが、両親に買ってもらったヒノキでできた杖から出てくるのはいつも炎や冷気、電撃など解毒魔法はおろか、回復系の魔法とはかけ離れたものばかり。毎日毎日自身の持つ魔力が尽きるまで練習しても一向に上達しないので、彼はとうとう自分には才能がないのではと疑い始めてしまう始末であった。今日は気分転換のためにこの駄菓子屋を訪れたのだ。
「よし、今日はグミにしよう!!」
秘密を隠し通す限界は、すぐそこまで迫っていた。
それから数日後の学校。
この学校は「静かの村」を中心とした5つの村のクロスボーラーたちが設立した、将来のクロスボーラーを養成するための9年制学校である。クロスボーラーの間に生まれた子供たちはこの学校でクロスボーラーの歴史や伝統、技術などの十分な知識を得た後にそれぞれの道を歩み始める。こちらの世界でいう小学校にあたるこの学校で、クライスは学び始めて四年目になる。
一時間目の歴史の授業が終わり、自分の席で次の魔法術の授業の準備をしていたクライスに一人の男子児童が声をかけてきた。
「よう、クライス。どうだ、昨日は解毒魔法、ちゃんとできたか?」
その声のした方を振り返るとそこには1人の小柄な男子児童が立っていた。
彼はギルバード・ディスタ。クロスボーラーの両親をもつクライスの同級生だ。周りからは「ギル」と呼ばれており、<一斉攻撃>という攻撃系の<個性>をもっている。体育や護身術の授業ではいつもお手本になっていて、スポーツ万能だが背が小さいというコンプレックスももっている。クライスと同じ黒色の目で、短い茶髪の髪型が良く似合う活発な少年だ。
「あぁ、ギルか。全然だめなんだ。やっぱり僕には才能はないのかな…」
「そうか...。まあクライスのことだ、いつかきっとできるようになるさ!」
「そうかなぁ...。全然できるようになる気がしないんだけど...」
「だーいじょぶだいじょぶ!気にすることないって!」
そうして二人で話していると、ふいに一人の女子児童が会話に混ざってきた。
「そんなことないよ。クライスは勉強できるじゃない。魔法も練習すればもっとうまくなれるわ」
彼女はシラクス・クラム。ギルと同じくクライスの同級生で<精霊の加護>という補助系の<個性>をもっている。周りからは「クラム」と呼ばれ、強いリーダーシップと多彩な知識を兼ね備えた優秀な人物である。黒色のロングヘアーと赤みがかった茶色の目が特徴だ。
「でも、勉強もすごく得意って訳でもないし…。クロスボーラーの子供なんだからやっぱり魔法は使えないとなぁ…」
三人は一年生からずっと同じクラスで、いつも一緒にいた。それぞれがそれぞれを信頼し、三人は固い友情で結ばれていた。
すると突然、ギルが切り出した。
「なぁ、突然だけど今日の放課後、<試練の森>に行ってみないか?」
「なんですって!?あの<試練の森>にはいるっていうの!?」
<試練の森>。
それは学校の近くにあるうっそうとした森である。学校の卒業試験などに使われていて、魔物が出るので二人以上でないと入ってはいけない、仲間に攻撃系の<個性>を持つものがいなくてはならない、六年生以下は立ち入り禁止など厳しいルールが定められている。それほど危険な場所にギルは忍び込もうとしているのだ。
「いってはみたいけど、危険だから…」
とクライスがいうと
「いいじゃないか、そんなに奥まではいかないし、第一俺の<個性>は攻撃系だ。ちょっとやそっとなら大丈夫だって。それにちょっと気になることがあってさ...」
とギルは返す。
「気になることってなんなのさ?」
「それは行ってのお楽しみさ」
ギルを一人で行かせるわけにもいかず、クライスたちは仕方なくギルに同行することになり、その放課後に三人で<試練の森>に忍び込むことになった。
時は進み、放課後。
クライスたちは魔物のすむ禁断の森へ足を踏み入れていく。この時の彼らは、このあとに起こる事件など、全く予想だにしていなかった。いや、予測など不可能だったのかもしれない。この世は不可思議なことで溢れかえっているのだから。