3話「初日」
「おい、輝夜急ぐぞ!」
「あわわ、待ってよ大くん」
ソファで横になること2時間。7時に目が覚めたわけだが、リビングを見回してみても誰もいない。キッチンは昨日のままだ。
と、いう事はだ。
「おい、輝夜起きろ」
「嫌ぁ…」
「嫌ぁ…じなくて!もう7時だぞ!」
床でぐっすり寝ていた輝夜は勢いよく起き上がり、無言で下に降りていった。
そこからは怒涛の勢いだった。朝は俺がパンを焼いて、ジャムを塗る。その間に輝夜は弁当を作り、それが終わったら登校の用意をする。
授業開始は9時から。2時間もあるのだが、移動時間と模擬戦の座席取りで1時間と見積もれるば残り1時間の間で朝と昼の食事を用意して、洗濯をして登校の準備をしないとならないのだ。まさに地獄。
「こっちだ、輝夜」
人混みの中ではぐれるわけにはいかないので手を引っ張る。
そんな現在は大鳳学園前の改札を過ぎたところ。座席を寿里に確保してもらい、なんとかなった。しかし、それでゆっくりしたせいか時間が間に合わなくなってきている。
廊下にいるバベルに向かう人混みをかき分けてクラスへと駆け込む。荷物はあるのに誰1人といない座席に荷物を置いて、俺達もバベルへと向かう。
「はぁはぁ、大くん早すぎ…」
「ほら、頑張れ」
遅れ始めている輝夜の手を引っ張って観客席のゲートに入っていく。
目の前に広がったのは、広大なフィールドとそれを囲む観客席。そして、空席を見つけるのが大変なほどに埋まった座席。会場内はかなり盛り上がっていた。
ゲートのすぐ近くに寿里が座っていた。もちろん、俺達の座席を空けておいて。
「お、来たか」
「悪い、遅くなった」
「いやいいさ。まぁ、朝から盛ってたんだろ?」
「はぁ?何言ってんだ」
「自分の両手を見ろよ」
そう言われて、自分の手を右、左と見るとそこには俺の手と輝夜の手があった。
そして、輝夜の顔を見ると非常に赤くなっていた。そして、勢い良く手を振りほどく。
「まぁ、座れよ。始まるぜ」
「ん、そうだな」
座って間もなく、ちょうど正反対にある審判台に副生徒会長が出てきた。今回の模擬戦の司会進行と判断、説明の担当だ。
「長らくお待たせしました。これより、模擬戦を始めようと思います。まずは、両者の入場です」
左右の選手ゲートからゆっくりと歩み出てくる。右からは生徒会長が、左からは1年主席の近衛 忠人が。
そして2人の入場に観客は歓声をあげて迎える。
両者が中央付近に引かれている2本のラインに立つと、再び副生徒会長が話し始める。
「では、これから生徒会長、斎藤 千尋対1年主席近衛 忠人の試合を開始します」
ここで再び、大きな歓声が鳴り響く。それに対して2人は観客に手を振る。
「試合を始めるにあたって、能力は大きく4つに分かれるのをご存知でしょうか」
能力は、国際基準で大雑把に4つに分けられている。
《具現化 》発火や流水の自然系統(一部除く)や創造系統のはここに属する。
《 付着 》身体強化や、体に纏うものはここに属する。
《 召喚 》神、英雄などを一時的に降格させて召喚したり、憑依させたりするものがここ。
《 変身・変化 》龍や悪魔の手に変化したりするのがここ。フルメタルアーマーに変身したりする人もいる。
生徒会長の能力は騎士王降臨。召喚で、名の通りアーサー王を召喚する。
それに対して1年主席の能力は雷纏紫龍。付着で、帯電して持ち込んだ道具を武器にして戦う。雷そのものを武器にするという事もする。
「国際基準を満たしている事は事前に確認済みです。今回の模擬戦は国際ルールを適応します。なので、規定の範囲内の道具は持ち込み可能です」
国際ルールの規定では、銃、刃物、爆弾類などの殺傷力がとても高い物以外は使用を許可している。なので、実弾や模擬刀などは使用される事がある。
「それでは戦闘開始!」
始まりの合図、ゴングが鳴り響く。そして2人は共に戦闘準備を開始する。
今回の試合の想定フィールドは荒野。足元には大小様々な石や枯れ果てた草木がある。太陽の熱は日本の真夏と言われる状態よりも暑い45℃だ。2人の能力を考えた上でのフィールド条件で天秤が傾かないように決められたものだ。どちらにも勝機はあると思える。
召喚が能力な生徒会長は召喚するために必要な呪文を唱える。
「騎士王よ、我が手に勝利を!」
その掛け声と共に地面に魔法陣が展開される。そしてそこから出てきたのは3mほどの大きさがある全身白銀の甲冑を装着した怪物だった。
まさに圧巻。観客はこの姿を見て、固唾を呑む。
1年主席は静かにだが闘志を燃やして、バチバチと音を立てて雷を纏う。
お互いにどう攻めるか思考する中、最初に仕掛けたのは1年主席。
「跳べ、弾丸」
ポケットから実弾を取り出すと、帯電した指で弾く。すると、弾丸は雷を纏い高速で撃ち込まれる。そして、甲冑の腰あたりの隙間に入り爆発する。
「まだまだ!」
2連、4連、8連、16連と倍々に数を増やしていく。最早16連に関してはマシンガンそのものだ。
だが、騎士王はその弾丸全てを撃ち込まれてもびくともしない。ただ佇むのみ。
そうしているうちに弾丸が切れたのか、速射状態だった1年主席の動きが止まる。
「弾切れか?なら、次はこちらからいかせてもらおう」
そういって生徒会長がゆっくり挙げた手を振り下げる。すると、ただ佇んでいた騎士王はゆっくりと腰の剣を抜き、勢い良く降りかかる。
だが、この動きには1年主席も流石に反応できている。
「まだまだいくぞ!」
始まったのは猛攻の剣技。太刀筋は定まらず、荒々しい斬り方。その姿はまるで狂者。
ただ、太刀筋が定まらないせいか1年主席も攻めに転じることが出来ずにいる。
だが、突如騎士王は動きを止める。そしてその足元には生徒会長がいた。
「久々の運動で騎士王が興奮してダメだ。仕方ない。これからは本気でいかせもらおう」
足に手を触れたかと思うと何か呪文を呟き始めた。そして、淡い青色の光に包まれる。それと同時に騎士王を包んでいた光が生徒会長も包む。
「我が知識、我が糧となれ。憑依・騎士王」
そして、3mの怪物は消えた。その代わり、先程までいた場所に白銀の軽鎧を装着した生徒会長がいた。手には、神々しく輝く黄金の剣があった。
生徒会長はゆっくりも1歩ずつ歩き出す。
「くっ…!」
1年主席はポケットからパチンコ玉を取り出す。上に軽く投げると、それをデコピンの要領で弾き飛ばす。
それは高速で鎧に叩き込まれるが、白銀の軽鎧には傷1つ無かった。
「電磁投射砲か。だが、たった1発では無意味だな」
生徒会長はそれでも歩みを止めなかった。1年主席もそれに対応して、2つのパチンコ玉を連射する。
その弾に生徒会長は避けもせず、剣で切り裂いていく。
「これで決める。そちらも全力で来い」
生徒会長は、剣を構える。剣は次第に輝きを増していく。周りから、少しずつ光の玉が集まり剣の光の一部へとなっていく。
1年主席は、全身に纏っていた雷を手のひらの1箇所に集めて、剣状に形成していく。
お互いに睨みを効かせて、動きを封じる。一陣の風が荒野に吹く。それと同時に2人が動き出す。
「神耀の雷霆剣!」
「雷剣!」
交差する両者。だが2人には明確な差が存在していた。
右肩がボロボロになり鎧が半分焼き千切れている生徒会長。
全身に傷があり、体中から出血している1年主席。
一瞬の交差の勝負は、生徒会長の勝利で幕を下ろすことになった。
「勝者、生徒会長斎藤 千尋」
観客からは溢れんばかりの大歓声。
勝利には喜びの声をあげる者、当たり前だと言う者がいた。
敗者には、健闘を称える者、賞賛する者がいた。
生徒会長は、自分の足でゲートへと戻っていく。気を失い、ボロボロで自力で戻る事のできない1年主席は担架で運ばれていった。
現在の医療技術は発展して、腕が千切れても千切れた方の腕があれば再生することが可能になっている。なので、心臓が停止しても(時間制限付きだが)蘇生できる確率が高い。それを可能にした医療ポッドが数十台置かれているので心配ない。
「いやぁ、それにしても凄いな生徒会長」
「あぁ。流石といった感じだな」
さすが頂点といった戦いだった。焦りや油断など一欠片も存在しない圧倒的な試合。1年主席もかなり善戦したが、やはり生徒会長には敵わなかった。俺達とは程遠い1年主席が敵わないのだ。俺達なんかはどうやっても勝てる見込みはない。クラス全員で戦っても勝てる気すらしない。
そして1、2時間目が終了したという事は次は初めての授業だ。
「この後は、実習室で俺達が実践授業か」
「初日から実践授業とかぶっ飛んでるよな」
「楽しみだね〜!」
初日の初めての授業が実践授業という、いかにも現代らしい授業カリキュラムなのだが、その反面、ちゃんと高校卒業資格を貰えるのか心配になってくる。
次の授業まで10分と時間がないので移動を急ぐ。実践授業は制服ではなく支給式の体操服だ。個人用のロッカーに配給されているのを使用する事になっている。
更衣室にあるロッカーで着替えて実習室へと向かう。
「よしっ、揃ったな!準備運動をして、各自手合わせを!」
既にゴリラはジャージに着替えて、待機をしていた。相変わらずの熱気とやる気を持って立っていた。
準備運動として軽いランニングとストレッチを行い、ペアを作る。俺は寿里と、輝夜は女子グループの1人と。
「さて、スパーリングの相手しっかり頼むぜ」
「任せろ。軽く頼むぜ、大輝」
「どっちだよ」
「ほどほどにな」
クラスの各々が能力を発動する。剣を持つ奴から炎を纏う奴もいた。
俺も皆に合わせて能力を発動させる。それにより、体中から紫のオーラが発生する。
寿里も能力を発動させた。手には半透明の黒い四角い物体が現れた。
「いくぜ!」
「来いよ!」
全速力で加速して寿里に近づく。それに対して寿里はこちらに手を差し伸べてきた。次の瞬間、加速していた俺はその場に固定された。正確には四肢が固定されて体だけが前に進もうとしていた。
その固定された両手足首に目を向けると、先程まで寿里が持っていた物体が存在していた。壊すためにどんなに力を入れてもびくともしない。
「これが俺の能力、影の箱庭」
「これじゃあ動けもしないじゃんかよ」
走っている途中で止められたため中途半端な格好で全身に力が入りにくく、更に止められているせいで非力もいいところだ。
対抗策は1つ。全身のオーラの密度を上げて、あの力でこの枷を壊すしたかない。
「うおぉぉぉ!」
全身を覆っていたオーラの密度が上昇して濃い紫へと変化していく。それに合わせて枷となっていた物体も紫のオーラに包まれていく。
枷の全てが濃い紫へと変わった時、再び全身に無理矢理力を入れる。すると、枷にはたちまちヒビが入りピキピキと音を立てて割れていく。
そして枷が耐えれる限界に達して破錠した。
「うそだろ!?」
「マジだッ!」
外れた瞬間すぐに詰め寄り、溜めた拳を突き放す。ただ放たれた拳はどこにもぶつかること無くパンチによる風だけを生み出す。
スパーリングのため相手を倒す事は禁止されているから当てはしない。なのだが、その前に別の物に止められていた。
目の前には人を軽く覆えるほどの大きさの黒い壁ができていた。
「コイツは万能だからな。枷にも壁にもなる」
「そんなのアリかよ」
逃げようと後ろに下がると既に封鎖されて、全方位が黒色の壁に囲まれていた。
中には幾つかの小さな影の箱庭が配置されていた。しかし、これでは俺を倒す事なんてできないし、俺も寿里も攻撃ができない。
すると、壁越しに寿里の声が聞こえてきた。
「詰めだ。圧縮されな」
「は?どやってそんなこ……チッ、面倒だな」
所々に配置されていた小さな影の箱庭は次第に大きさを変えてきた。徐々に俺の周りを囲む壁が複雑に狭まっていく。既に天井に続く穴は大きくなる影の箱庭に塞がれていた。下には逃げる道がない。こう思考しているうちにも迫ってきている。
「マジか…」
狭まっている空間は既に俺1人がなんとか動ける範囲だ。俺の能力、竜の波動は基本的な力は身体能力の強化と触れている物への侵食しかない。
侵食を使ってもこの大きさのを侵食するには時間が掛かる。その間に潰される。単純な身体能力の強化だけではこの壁を壊す事もできない。まさに詰みだ。
「あ〜あ、皆強いなクソッ」
抵抗も出来ずに寿里の影の箱庭にそのまま潰されていった。圧迫された全身の骨が軋んで痛かった。次第に箱内の空気が消えていって俺の意識は途絶えた。
大輝の高校に入って初めての契約者同士での戦いの結果は敗北だった。