めで鯛
今晩は、ごちそうにしよう。
やっと就職だ。酒を買おう。ケーキも買おう。
めでたい日だ。だから、タイを買おう。
今晩は、ごちそうにしよう。
魚屋には、魚がずらーっと横たわっていた。そんなの当たり前か。
そこの魚達は、氷の布団の上に起きていた。
ヒレがピンと張って、ウロコや目をキラキラさせて、顔をシュッとさせていた。履歴書の写真を撮るわけではないけど、こいつらは買われたがっているんだ。商店街の喧騒に存在をかき消されないように、もしくは、金持ちに媚びるように、あるいは、それが生き様なのか、カッコつけていた。なんだか笑えてくる。
どうせ食うなら、イキの良いタイがいい。
イキの良いタイは、どいつだ?
『私だ!』『俺だ!』『コッチだ!』
値が張るタイは、どいつだ?
『私だ!』『俺だ!』『コッチだ!』
うるさいのは、外なのか、店主なのか、タイなのか。こういう場所が苦手だなんて言ったって、今更だ。
ふと、小さな存在を感じた。うるさいタイ達の隅っこで静かに寝ているタイがいた。
なんだ、このタイは! ヒレはくたびれて、ウロコや目は濁った色をして、口を開けて寝ているではないか!
釣られて、氷の水に突っ込まれて、ころがされて、さらし者になって、クタクタではないか!
いや、待て。こいつには訳がありそうだ。
――そうか、糞になりたくなかったのか。土ではなく、海に帰りたかっただけなのか。
それでいいじゃないか。気に入った。
今晩は、ごちそうにしよう。
今日を生きた祝杯だ。高い酒を買おう。ホールのケーキを買おう。花なんかも飾ろう。歌も歌おう。
めでたい日だ。だから、タイを買った。
こんなタイでも、おいしく食べてやろう。
今晩は、とびきりのごちそうにしよう