第99話(お別れ)
あたしに悲劇がやってくる。
ヒデキでは無く、悲劇だ。ちっとも懐かしくなんかない。
寿也のお母さんが作って下さったクリスマス用の豪華な料理を平らげ、ケーキにまで手を伸ばし、部屋の照明を消して『ケーキもいいけど きよしこもね♪』というシングルのカップリング曲を歌った後、ろうそくの火を消した。
一連の時は問題無く緩やかに過ぎて、切り分けられたケーキをおいしく頂いていた最中の事だった。
話を持ち出したのは寿也の お母さん。
「これからもウチの寿也をよろしくお願いしますね。ホントにもう〜手が微妙にかかる子で〜」
独特の雰囲気と口調で言ったのを、先生は予想外な返事で返した。
「年が明けたら、真木だけを先にオーストラリアに やります。信頼のできるミルキーの、真の元へ」
顔は真剣だった。
「え……」
あたしはケーキの一欠けを口に放り込む前で静止した。
驚いたのは あたしだけでは無い。寿也のお母さんも驚いた顔で「ええ!」と声を上げた。
「何度も考えたし、真たちとも相談して決めた事なんだ、真木。先生は、受け持った担任のクラスを卒業まで見送ってから行くよ。それまでは少し向こうで辛抱していてほしい。そしてわかってほしい。真木、お前は王女なんだ。普通のミルキーじゃない。周りは真木がどう思っていようと、お前を王女として見る」
何度かは思い出す事はある、あたしに まつわる邪魔な事実。
あたしは王女だった。
「緊急とはいえ、王女の存在は地球上のミルキーたちに知れ渡ったと真に聞いた。真木を狙って、どんな奴が やって来るのかわからない。悪い連中かもしれない。だが、残念な事に、先生たち人間じゃ真木を護る力には限界があるんだ」
あたしは王女。
「オーストラリアのMWS研究所の警備システムは厳重で素晴らしいと聞く。厳重とはいっても、鳥カゴじゃないんだぞ。皇居並みの敷地面積と設備だ。中に居ても外に居るのと同じように過ごせる所だ。真木は そこで暮らせる。どうか、わかってほしい」
あたしは。
「ま、しゃーないよ。僕ら子供だし」
言ったのは寿也だ。
寿也?
「まあぁ……なら、仕方ないわ……。真木ちゃんには かわいそうだけれど……。私たちが真木ちゃんを助けられなかった時の事を考えると、怖いもの、とても」
寿也のお母さんもため息混じりに答えて。
そんな……。
「許してほしい、真木。お前のためなんだ」
先生。
皆。
皆が、あたしの顔色を見ている。あたしの返答を待っている。あたしの……。
あたしが頷いてイエスと言うのを、待っている……。
「やだ!」
あたしは睨んだ。
握ったままのフォークと、お皿の上に まだ食べかけで半分以上を残しているケーキを。サンタの形をした飾りの砂糖菓子は あたしがもらった。ケーキの生クリームの上にチョコンと置かれている。最後に食べようと思っていた。
甘い甘い、砂糖で出来たお菓子。
あたしの考えも甘いんだろうか。わがまま以外の何ものでもないのだろうか?
「あたし、行かないからね! 外国なんて! 何で皆で決めちゃうのよ……」
あたしの両目からはボタボタと受け皿が必要なくらいに涙が出てきていた。
「真……」
隣に座っていた先生が、あたしの肩に触れようとする。
あたしは手を払いのけた。そして素早く立ち上がった。
「皆、大嫌いッ!」
あたしは走り出した。リビングのドアから玄関へ向かって廊下をつき抜け、靴を履いて。
「真木!」
「連れ戻して来ます!」
小さくなっていく声を耳に入れながら。
外の暗闇の中へ。
氷のような冷たさの空気があたしを出迎え、励ましの代わりに雪を空からプレゼントしてくれた。