第94話(真木の知らない話 その1)
真木の知らない話をしよう。
世間では、クリスマスが近づいてきていた。店が並ぶ街の通りを歩くと、何処からでも あの歌が聞こえてくる……そう。
ホワイト アンド ブラックスター ファーストシングル、『ケーキもいいけどハヤシもね』だ。
12月10日に全国一斉発売である。
初回特典、ハヤシライスの素が小袋で付いてくる。ご飯にかけるとハヤシライスの気分を味わえる。
さりげなく中国産だった。
シングルはヒットを飛ばす。オリコンチャート初登場1位という驚異を生み出した。
ホワイト アンド ブラックスター。本職は『シロとクロ』というお笑いコンビ芸人である。
「けっえきもいいけど〜、ハッヤシさんは〜〜♪」
と、つい寿也でも口ずさんでしまうほどの熱狂支持的ソングとなっていた。
寿也は、母親に頼まれた買い物の途中だった。青地で背中に大きな蜘蛛がプリントされ『DON』と書かれた、アウターウエアを着ていた。足元の裾がクシュとなったデニムパンツ、後頭部に今度はシルバーで蜘蛛の絵が描かれた黒いキャップという……ストリートスタイルだった。
そんな寿也とも千歳ともいえない新・寿也が、スーパーを出てくると。
地味なコートに身を包んでいた真が居て、寿也を呼んだ。
「やあ、リニューアル寿也くん。見かけたんで、ちょっと待ち伏せた。話がある」
寿也は肩をすくめた。
「チェケらっきょ!」
スーパーの袋の中にはカレーの材料が入っていた。
「君たち2人はシャンプーのボトルに触った事があったかい?」
少し空が暗くなりかけたところで、真と寿也は公園の横の脇道を横並びに歩いていた。2人の吐く息の白さが、寒いという事を証明している。真が切り出した言葉に寿也は しばらく間を置いた。
「無いけど」
ぷう、と噛んでいたブドウ味のガムを小さく膨らませていた。
真は何故だか寿也に微笑みかける。
「そうか……」
そうして真は目を細め、山の向こうに沈みかけた夕日を見つめた。
「君が真木ちゃんを救ったのか……」
パンと。
寿也が膨らませたガムは小さく割れた。
「バレたか」
それだけを寿也が答えた。
2人が理解しているそれとは、真木がシャンプーを飲んで瀕死に倒れていた時の事をさす。あの時に寿也はイチかバチかの賭けに出て真木を救った。その時の事は、寿也は誰にも言うつもりは無かった。
「ボトルを調べていてね。シャンプーには真木ちゃん、岩生、寿也くんの、リンスには千歳くんの指紋だけが付いていた。と、いう事はだよ。君の……寿也くんの指紋がシャンプーに付いているのは、おかしいね。いつ付いたんだろう」
雪がチラつく。
ますます吐く息は白くなっていた。
「君は今 嘘をついたね? さてそれは何故か。……で、カマかけてみたわけだけど。やっぱり、真木ちゃん生還には君が関わっていたわけだ」
楽しげに真は言って寿也を見た。寿也に表情は これといって無い。
「嘘つきでも何でも、誰にどう思われようが僕は別に構わない。でもまあ、言っとく。タイムマシンで過去に行った時に僕は真木を……死にかけていた真木を助けたさ。それ以外にボトルには触っていない」
聞いた真はすぐに満足したように「ハハハハハ! よくやった!」と大口を開けて笑い出した。
「君は立派に真木ちゃんの王子、もしくはナイトになれたんだね。しかし誰もそれは知らない。ああ何て皮肉なんだ世は!」
空を仰ぎテンションの上がる真に、寿也はついて いかなかった。






