第91話(クリスマス・ローズ)
千歳くんが消えた。
ベッドの上にも、横にも。部屋の隅から隅を捜しても。
千歳くんの姿は……
無かった……
「……っく。……う、うぅ……」
あたしの しゃくりあげる声だけが、部屋の中で響いていた。もう今日だけで何回泣いただろうか。それでも涙は出てくる時には容赦なく出てくる。
勝手に出てくる。
「ぢどぜ……ぐん……」
鼻が詰まった みっともない声。そして あたしは床にヒザを落とし、ベッドの上のシーツに つかまるような格好で……ひんやりとした白い面積に顔を埋めた。
おかしい。
おかしいよ。
体温の気配すらベッドに残してくれないだなんて。
「ぢとせ くーーーんッッ……!」
周りの人間は こんなボロボロのあたしをどんな風に見ていて何を思っていたのだろうか。
誰も、しばらくは あたしを見ていただけで何もしなかった。それとも出来なかった?
電波の声も無く。
あたしは たった一人で悲しみの崖っぷちに立っていたんだ、きっと。
泣くしかなくて。
ベッドのすぐ真横の床で寿也が倒れて気を失っていた事なんて、全然目に入らなかった。
あたしも。
泣き疲れたのか気を張っていたのが崩れたのか。
バタリと倒れ……世界が暗闇になった。
翌日……。
朝日が窓から差し込む。
患者が数人居る、大部屋の病室。向かい合わせになったベッドが2つずつ3列に並び、カーテンで それぞれベッドは仕切られている。
寿也は、真ん中あたりのベッドの場所に寝かされていた。
あたしがクリスマス・ローズの花束を持って入り口から入って行く。
「寿也」
「よう」
あたしの顔を見るなり、軽く返事を返してきた寿也。ベッドに近づくと、上半身を起こしている寿也は側にあった背もたれの無いパイプイスを引き寄せた。「ほら座れ」
「……? ありがと……」
あたしは一瞬、躊躇した。わけは後で話す。
「花なんか わざわざ買ってきたんだな。もうピンピンしてるってのにさ。いつ退院したって おかしくない」
そう言って笑いかけて寿也は あたしから花束を受け取った。
受け取った花束を見て、また微笑んだ。
……。
……あたしが無言なわけ。
「ん? どした真木。座れよ」
再度、寿也がイスの上を叩いて促した。
「ああ、うん……」
あたしは座る。
寿也は横の棚の上に花束を置いた。
「そうだ。もうすぐクリスマスだっけ。おかげで思い出した。もしかしてソレ狙ってたわけ? 思い出させるように」
「うん。まあ、花屋さんの店先で たくさん置いてあったから、ってのもあるかと。ねえ、それより寿也」
「ほいほい。何?」
ほ……
あたしは また躊躇、動きが止まる。
あたしの感じた違和感は、さっきから正常に反応していると思う。
「……退院する前に もう一回 精密検査しない?」




