第85話(あたしってバカ?)
「あたし、前にシャンプー飲んで死のうと思ったよ」
か細い声だった。静かな病室に少し響く程度の。
「あたしってバカ? 寿也……」
……
……寿也は動かなかった。
あたしの方を、見もせずに。
「バカだな。どっちかで言うとな」
と言った。あたしは微妙な顔をするが、寿也は続けた。
「勘違いしないでもらいたいのは、死にたがるのは りこうでは無い。生きる術やスキルが無く想像力だけが先走った結果だ。真木、それと」
ココで寿也は あたしに視線を向ける。
「りこうな奴は過去はバカだった。だからバカの気持ちがわかる。バカはりこうになる途中にしか過ぎない。それを自分から人生を止めるんだ。バカとしか言いようが無い」
「……」
「わかるか? 真木……お前は これから りこうになる。……なれよ、絶対に」
あたしは泣いていた。自覚も無く。
ぼやけた視界の中で、寿也の顔がとても優しく見えていた。
寿也の言葉が、あたしの胸の内に今まであった氷の塊を、溶かしてくれたのかな。
何で涙が流れるんだろう。
それは……あたしがきっとずっと、求めてきた言葉だったからだ。
あたしは死なない。
寿也も、先生たちも、千歳くんも。皆。
地球上の、皆。みんな、すべて……。
生きて。
あたしがもらった言葉は、あたしの願いへと変わる。
あたしの口が開きかけた、その時だった。
突如、両開きのドアが開く。入って来たのは志摩浪さんだった。
「トリートメントを飲んだと言ったな。それが もたらした衝撃の事実が明らかになった」
いきなり飛び込んできたと思ったら、そんな事を言い出した。あたしも寿也も立ち上がる。衝撃の事実? それは一体……。
あたしたちの前まで来て、持っていた紙数枚をクリップで留めたものをパシパシと指で こづいた。その衝撃の事実とやらが そこに詰まっているというのだろうか。
やがて説明する。
「肺にあったガン細胞が急激に進化している。トリートメントは栄養をおくる液体だとアルペンにさっき聞いた。悪性にも栄養をおくってしまったという事だ」
……!
「そういう……」
何て……。
「嘘でしょ……!」
衝撃だった。
思い切り誰かに殴られたようだった。