第84話(身の破滅)
道路は混雑していた。ちょうど夕方だったからだ。あたしたちはジリジリと最初は辛抱していたが、やがてそれも限界に達した。
先生がシビレを切らして、携帯で電話をかけた。
「カクカク マルマル シカジカなんだ。すぐに救急車で来てくれないか」
恐らく向かう病院先に、なんだろうな。先生は場所と症状などを伝えると、真剣に相槌を打って電話を切った。
おかげで、何とか千歳くんは救急車で病院に到着する。
大学の総合病院だった。意外に、とても大きかった。宮殿並みに敷地があるんでないだろうか。名も知れた有名病院で、ココでの賢者は世界的にも名の通っている者ばかりだという。
救急車は裏手の専用門をくぐり抜け、迅速かつ的確な指示の人のもと神経質に行動的だった。
「Aのマル、1456号室9番に運べ」
「はい」
「村上と古城も呼ぶんだ。俺の名を言え」
「わかりました」
誰なのかは わからないけれど、一番 指示を出して人を動かしている人物を見た。肩幅の広い、着ている白衣が すごく似合う男の人だった。
千歳くんが台車に移されて運ばれて行く時、「早く来い。消毒する」とあたしたちに向かって呼びかけた。
消毒?
「ミルキーなんだろ、俺もだ。志摩浪という。よろしく。輸血頼むかもしれないから一緒に病室行きしろ。おい早香、こいつらを連れて行け。キレイにして来い」
少し離れた所で早香と言われた女の看護師さんは、あたしたちを見て「はい」とすぐに こっちに来た。
「行きましょ、さ、早く!」
よく事情も飲み込めているのか、この人に限らず皆 素早かった。
あたしと寿也は安心できる。顔を見合わせる事無くあたしたちは言われた通りに ついて行った。
千歳くんの退化が進んでいく……!
気がついたら時刻は夜7時をまわっていた。今日はリメイクアニメ『虎えもん』がある日だ。毎週観ているけど、今日は諦めね。
そんな事まで考えながら あたしは、隣で腕を組んで同じく腰かけている寿也を見た。千歳くんはずっと、あたしたちのもっと前方のベッドに寝かされている。幾十にも機械に繋げられたコード……生命を維持させるための大切な線だ。おかげで、退化は進行を妨げられている。
特に、周囲の動きは見られない。と、言うのも今は。レントゲンやら検査をしているらしかったからだ。
あたしたちは消毒され身を徹底的にキレイにされた後。服も消毒済みのに替えられて白いキャップを被り。マスクと薄い手袋と、それから長ブーツを履いていた。
消毒臭が鼻につく。あまり好きじゃない。
あたしと寿也は固まって部屋の隅の背もたれの無いパイプ椅子に座っていた。
ずっと、時間だけが流れている……緩やかな沈黙が苦しい。
「時々……」
「?」
寿也が囁くように声を漏らした。危うく聞き逃しそうになる。
「自分が考え過ぎて、追い込む事がある」
「……」
「豊かな想像力だけど、身の破滅だ」
寿也の言葉は あたしには少し難しい気がした。
でも。
「千歳も……頭がいい……」
寿也……?
「バカに頭のいい奴の気持ちなんて、わかるもんか。逆は わかるけど」
……。
「本当に辛いのは、りこうな奴の方だ。全てがわかるからだ。バカの気持ちも……」
……寿也……。
あたしの見つめる先に、固く握り締められた両手があった。
残念ながら、視界がぼやけてしまって見えにくいけれど。




