第83話(実験体)
俺、トリートメントを盗んで飲んだ――
耳を疑う。
あたしたちは車内で叫んだ。
「な……」
「確かなのか!? おい! 冗談だと言え!」
「どういう事なんだ千歳くん!」
反応の仕方は色々だ。でも、皆で千歳くんを責め立てる事しか出来なかった。
トリート……『恒星トリートメント』!
アルペンさんが持ってきたやつだ。でもそれはアルペンさんが持ち帰ったはずでは。
ああ一体どういう事なの千歳くん。理由を教えて……。
でも千歳くんは黙ったままで動かない。そんな。
「千歳……」
抱きかかえたままの寿也は渋い顔を浮かべる。少し手に力が入っているのか、震えて。
(寿也……)
あたしの涙腺が緩む。泣いてる場合じゃないのに。
「千歳……!」
それはきっと寿也も同じ?
あたしは そう思った。
そうしたらだ。
(「寿……」)
ハッと、あたしと寿也は顔を上げる。あたしたち、目が合った。
今の声は。
(「千歳くん!」)
(「おい、千歳か!」)
声に出してはいない声。そう。
ミルキー電波だ。
(「大丈夫なのか千歳? 余計に負担がかかるんじゃ」)
寿也の呼びかけに割と明るく答える千歳くん。
(「平気。いつも寿に話しかけて鍛えたから。たまには返事してよツレナイお方」)
よよ、と泣き真似まで伝わってきた元気な千歳くん。おーい?
(「それより質問に答えろ。謎を残すんじゃない。トリートメントが何だって? お前の変化を食い止めながらの電波での会話はキツイ。早く答えろ」)
寿也の言う通りだ。このままでの会話はキツイ。一つに集中できないからだ。
(「俺は……アルペンとかいう人が持ってたトリートメントを水とすり替えた。そして……飲んでみたけど効かなかった。だから……でも……効いてきたんだな。遅っ」)
遅っ、て。
効く効かないの問題なのかしら。
(「何てバカな事を……」)
寿也が呆れ果てている。無理も無いと思う。
(「だって俺は寿の不用な部分。どうせ いらないならさ」)
何を言っているの千歳くん。前にも同じ事を言っていた。
(「トリートメントを服用してみてさ。実験体にでもなってみたらと思って」)
どうして そう結びつくわけ。
あたしは まだ 信じられない。
「何を言ってるんだ!」
寿也が声に出して叱った。「え? 何事?」
運転していた先生がビクッ! と肩を盛り上げる。ミルキーでしか受信できないため、先生にとってはそうだ。あたしたちの会話は聞こえては いない。
千歳くんは最後にこう言って声も電波も発するのを止めた。
(「……シャンプーで人が死ぬなんて事がわからなかったのだって、人が死んだ事が無かったからなんだろ?」)