第74話(未来を決めた者)
火山が噴火したような地響きと共にアルペンさんは あたしたちに色んな事を教えてくれた。
ああ……仏の逆鱗には触れては ならないもんだと。よくわかった。もう嫌。
アルペンさんは本当に真さんの首根っこを掴み上げ、のどかさんを引き連れてオーストラリアへ帰って行った。
あたしたちに平和が戻って来る。ああよかった……。
数日。すっかり秋という存在は隠れ、冬という新しい者が姿を現して来た。町の出先では、次に来るイベントのおかげで日増しに賑わいを見せ始め、彩りが鮮やかになってくる。あたしは買い物に行くたんびに衝動買いというハタ迷惑な気持ちと戦争だ。
あたしだって年頃。お化粧したりとか小物とか服とか欲しい。でも我慢しないと。先生が部屋の角隅にでも行って「安月給でゴメンねオーラ」を醸し出しながら すねてしまう。
……頑張れ先生。もう言わないから。
あたしは買い物の途中だった。両手にソコソコ重いスーパーの袋を引っ提げ、店を出る。すると子犬を抱っこしてスーパーの前を通り過ぎようとしていた千歳くんとバッタリ出会った。
「やあ」
柴犬の子犬と一緒に、千歳くんは あたしに微笑みながら声をかけた。
「その子どしたの。可愛い」
あたしも微笑みながら子犬を見る。手が塞がっていたからナデナデ出来ないのが残念だ。
「そこで拾った。ウチの施設じゃ捨て犬や猫は引き取り主を探す呼びかけを積極的にやっているんだ。ある程度の期間 呼びかけて、それから……」
視線を前に移した千歳くんは歩き出した。「じゃ、そゆ事で」と去ろうとしたのをあたしは追う。
「あたしもそっちだから、待って待って」
あたしは千歳くんの横に並んで一緒に帰路を歩く事にした。
街路樹が規則的に連なる大通りを歩く。道が舗装されているのでキレイだ。
子犬を抱っこしながらも、あたしの手の片方のスーパーの袋を持ってくれた千歳くん。「いいよ重そうだし家まで距離もそんなに無いでしょ」って。
あたしは感謝しながらも言葉に甘えて持ってもらっていた。
「じーさんばーさんの相手が多いからさ。荷物持ちなんて至極当たり前」なんだそうだ。
そうか、千歳くんは施設で暮らしている。妙に落ち着いているのもそのせいなんだね。
「あのさあ」
「何?」
突然千歳くんから呼びかけられた。
「寿のお母さん……俺の母親でもあるんだけどさ。未来が見えるって言ったんだよね?」
あたしは「うん。そうみたい」と何気なしに返すけれど。
「何で母は俺たちにシャンプーとリンスを持たせて突き離したと思う?」
そう言われて。「それは……」
解答に悩んでしまった。そう言われても あたしには……。
「未来が見えたからだよね、きっと」
「……」
あたしは ああそうかと……頷いた。
千歳くんの察する通り……未来が見えた時に寿也たちのお母さんは、決めたんだ。火事で死んでしまう自分の元に置くよりも、生き残る事が出来る安全な方へと。
……それって、すごいね。寿也たちのお母さん……。
脳裏に「くそばばあ」と叫ぶ寿也の姿が浮かんだけれど。
「でも」「え?」
千歳くんは うつむき加減で、下の舗装されて歩く度に自分の後ろへと流れて行く道を見ていた。何処か寂しさを持つ目をしていた。
「未来って、誰が決めたんだろう」
……。
あたしには、わかりそうじゃない。
「そりゃ……」
「運命や神様が、なんて言うのはナシだよ。俺は信じてない」
と、先に思った事を言われてしまい。あたしは ううーんと唸る。「難しい……」
「母は未来が見える。だから昔の魔女狩りの魔女みたいに、誰にも理解されずに嫌われ滅ぼされたんだろうね。母も賢いから、その事はよくわかってたって事さ」
「……」
「俺はね、覚えているんだよ」
「え?」
千歳くんが顔を上げて少し目線を空に上げた。まだ夕日には時間が早い。
「母と最後に別れた日の事」