第68話(パス1048 その3)
ゴツゴツとした岩が自然に並ぶ、岩場に着いた。もう夜なので視界に見えるものは少ない。
辺りの海は静かに波を打っている。明かりはというと、遠方の陸にポツポツとした明かりと、灯台が照らす光。そして上を見上げると無数に見える、星だった。
あたしは岩場の岩に足元を気遣いながら、真さんと寿也の後を追う。2人ともサッサカ行くので、あたしは必死だ。でも慌てて転んでケガをするといけないので、遅くとも慎重にゆっくりと足場を確かめて進んでいる。
やがて2人は一ヶ所に立ち止まってその場に しゃがんだ。岩場の陰に隠れているつもりらしい。やっとこさ あたしも追いつき、寿也の隣に並ぶ。
「じゃあ皆。コレを被って待機」
真さんは紙袋の中から、黒のビニール袋のようなものを取り出し、あたしたちに一つずつ配った。
頭からスッポリと入るくらいの大きさのゴミ袋だ。しかも3ヶ所、穴が三角を作る形で開いている。
一体コレは……。
「覆面。顔がバレないように。特に俺」
と言って、スポッと真さんは自分用のゴミ袋を被って見せた。
まるでマ○パペ。
顔のうち見えるのは両目と口だけだ。……怪しい。
あたしも寿也も仕方無く受け取った袋を被る。お互い変なのは言いっこ無しだ。
あたしたち3人は息をひそめ、岩陰の向こうに居る人物たちに注目したわけだ……が。
ココで、初めてあたしは相手の様子を窺った。
あたしたちが隠れている場所から7・8メートルは行ったあたりの所で。若い男女が背を向けて並んで立っていた。男は水色の、女の方は白のパーカーを着ている。下は水着だ。2人とも、こちらに背を向けて海の方を見ているので、顔がわからない。
でもたぶん。昼間見た背格好や雰囲気とも一致するので、男の方は過去の真さんだろう。そして同じく、女の人の方も……真さんとペアを組んでいた人だろうと思った。
2人、何しているんだろうか。ジッと、ずっと、動かないけれど……。
まさかこれから……。
ゴクリ。
あたしの喉が鳴る。『刺激的ロマンナイト』……あたしの顔が熱いのは、袋を被って呼吸がしにくいせいだろうか、果たして。
あたしだけで無く、寿也も真さんも一心に前を見ている。無表情な寿也は ともかく、真さんの目つきは真剣だ。何その集中力、真さん?
でもアレだなあ。
少し離れているから、会話がちっとも聞こえてこない……。
その直後。
女の人の方が動きを見せた。
過去の……真さんに寄り添い、そして顔を見上げて真さんを……しばらく見つめ合ったまま……。
(きゃああ〜)
あたしは心の中で驚き興奮していた。心臓がドキドキと高鳴る。握った手に汗が。力が。
もしや2人は このまま……。
とか何とかこれから妄想モードに突入しかけていた矢先だった。
「ゴガァッ!!」
……!
盛り上がってきたムードをぶち壊すかのように、離れた所から声が上がった。野獣のような野太い声。
「ああ!」
あたしが声を上げる。
何と、寄り添う2人の横からダダダダダ……と、二足直立のクマが走ってきたではないか。
「きゃああああ!」
悲鳴を上げたのは、女の人。
「美名!」
名前を呼んだのは過去の真さん。過去の真さんはその、美名と呼んだ女の人の腕をとって こちら側の……あたしたちが隠れていた岩陰の方へ、やって来た!
こっちに来る! まずいっ、見つかる!
「行くぞ寿真木!」真さんが叫ぶ。寿也とあたしの名が一緒にされた。何だか太巻きの親戚の名になった。
声をかけた真さんは勢いよく立ち上がり先駆けて、岩を大股で飛び越えて行った。
まっ、待って真さん!
あたしも、そして寿也も。慌てて立ち上がって飛び越す。真さんのように優雅には無理だが、何とか岩を越えた。
あたしたち3人の出現に、逃げてきたペアは立ち止まって驚く。
「な、何だい!? 君たちは!?」
過去の真さんが美名さんとやらの肩に手を添えて、あたしたちに不審の視線をぶつける。
まあ無理も無い。あたしたちは黒いゴミ袋の覆面を被っていたわけだし。後ろからは二足歩行のクマだ。どうする真さん。
「フッフッフッフッフッ……大丈夫だボーイ」
不敵に笑う真さん。腰に手をついて堂々と2人の前に現れた。
真さんを挟んで寿也、あたしと両隣に並ぶ。
「味つけ戦隊! サシスセソル ジ ャ ー ! ! 」
はあぁ!?
真さんは正義のヒーローの如く説明のしにくいポーズをとってみせ、そう宣言した。
味つけ戦隊サシスセソルジャー……。
そんなの打ち合わせてましたっけ?
「ボクたちが来たからにはもう安心だ! 行くぞ、ミルキーブルー! ミルキーピンク! とうっ」
とう、というかけ声と共に真さんは過去ペアの横を通り抜けて迫り来るクマへと立ち向かって行った。
出遅れたあたしたち……ミルキーブルーの寿也と、ピンクは、あたしか!?
「待て! ミルキーレッド!」
と、寿也も後に続く。……ノリノリね、寿也まで。
あたしも過去ペアの真さんたちの脇をすり抜けて、クマの方へと走り出した。
後ろでは過去ペアの2人が驚き呆然としているんでしょうけれど……あとあと。
先に あのクマをやっつけなくちゃ!
「グガアッ!?」
あたしたちの突然の出現に、クマも止まって ひるんで身をすくませている。しばらくあたしたちとにらみ合った。
ジリジリと、お互いの出方をうかがっている。しばらくそれが続いていた。
(ん? あれ?)
あたしはハタ、とさっきの真さんとの打ち合わせの時の会話を思い出した。
(真さん……確か『覆面を被っているが、中身はアクマ星からやってきたクマオ星人……』とかかんとか言ってなかったっけ?)
前に居るクマを見る。広がる海を背景に、月明かりの逆光のクマオ。
あれって覆面? ……どう見ても本物そっくりなクマが立って歩いてるんじゃないの??
不可解だけれど。
あたしがアレコレと考えていると、真さんが先陣をきってクマオに飛びかかった。
「しょうゆキーック!」
真さんのスラリと伸びて肉付いた足が、クマオに突きのように鋭く刺す。「ぎゃああ!」胸ぐらに入った。
人間のような悲鳴をクマオは上げた。え? 人間のような?
「ス パーンチ!」
お次は真さんの右ストレート! ……クマオの顔にキレイに入る。「どがああ!」
また、人間のような悲鳴が。
「シオ チョップ!」
さっきのスパンチでヨロめいたクマオに、寿也は助走をつけて飛びかかりながら上体をひねらせ右斜め上方から振りかぶった手刀を、一発。
「ひぎゃー」
段々と高音になってきたような、クマオの悲鳴。
連続攻撃を受けたクマオは何とか立つが、足元がおぼつかなくフラフラとあたしの方へと歩み寄って来た。そしてあたしの方へ、のしかかるように倒れてきたのだ!
「きゃー!」
あたしは無我夢中で、両手を突き出してクマオの体をはねのけた。力いっぱい。
ドーン!
「ミ、ミソブロックう!!」
あたし、泣きそうになりながらも戦いに参加する。あたしに はじかれたクマオは再度、ヨタヨタと今度は真さんの方へ!
「トドメだ! そりゃあ!」
真さんはクマオに正面から突っ込んでいく。何と、クマオの懐に体ごと突っ込んで入りこんだかと思ったら……。
そのまま、クマオの体を持ち上げてしまった。「うらあ!」
知らなかった。真さんて超力持ち。
宙に浮かんだクマオの体。足をバタつかせ「は、離せ!」と叫んでいる。
「必殺! “サトウ落とし”!!」
ズドーンッ!! ……地面の上に、クマオは放り投げられ叩きつけられた。
そして……ピヨピヨと、クマオの頭上に小さなヒヨコが回る。完全にノビた。
サトウな割には甘く無かった。
「決まったな。クマオ星人をやっつけた」
あたしの隣に来たブルー、もとい寿也はそう言った。
「ねえ……中身って、人間……?」
あたしはソロソロと近寄って、完全にノビて うつ伏せに倒れている暗がりの中のクマオをよく観察してみた。んん?
……クマオの背に細く長く体に沿うようにラインが。触ってみると、それはチャックだった。「……」
あたしはチャックを開けてみようかと思ったが、とどまった。
「このクマ着ぐるみだったんだ。毛まで よく出来てる。暑いのに……」
何で真夏にクマの着ぐるみを。何処で入手したんだろうか。そして放っておいてもそのうち蒸されて気絶したんではないだろうか。そんな風に同情した。
「こいつは人の恋路を邪魔するアクマ星発・クマオ星人・ナンパ族だ。恐らく昼間のビーチバレーで負けたのを根に持って、復讐しに来たんだろう。これで俺の過去の謎が解けた。ずっと考えていたんだ。俺らを助けに来てくれたあの素敵なヒーロー・レッドは誰なんだろう、って。まさか俺自身だったとは。ありがとう神様。サンキューマイゴッド。ときめきナイトを謝々ハハン」
完全に酔っている真さん。本当に大丈夫なんだろうか、『俺酔い』。そんなに、少年のように瞳を輝かせて……。
あたしは色んな意味で心配だった。
「それにしても2人ともナイスアドリブだったね。寿也くんのシオチョップ。真木ちゃんのミソブロック。おかげでサトウ落としが雷のように決まったよ。さすが演劇で主役を張っただけはある」
ウンウンと、真さんは あたしたちをほめたたえる。ほめたって何も出ないわよ真さん。
「さて……」
真さんはクマオの片腕を自分の肩にかけ、そのまま気絶しているクマオの体を引っ張り上げた。
「クマオを海に捨ててくるよ。それまで先にタイムマシンに戻って待ってて」
そう言うと、真さんはクマオの足を引きずりこの場から去って行った。
しばらく突っ立って見ていたあたしたちだけれど。やがて後ろから声をかけられた。
「何だかよくわからんかったけど。ありがとう、謎のヒーローたち。ミルキーピンクとブルー」
ビクッ! と体を引きつらせて振り返る。
忘れていたけれど、過去の真さんと美名と呼ばれた女の人。その2人がジッとあたしたちを見ていた。
あたしは寿也の方を見る。
どうしよう。いいんだろうか、ココは過去なのに人と関わってしまっても。
……クマオをやっつけといて言うのも何だけれど……。
「いえ。この世に悪がある限り、僕たちは駆けつけます。それではまた。行くぞ、ピンク」
と、寿也はあたしの手を引っ張って海際に沿って歩き出した。
「じゃ、じゃあ ごきげんよう遊ばせ。オホホホホ」
あたしはそう笑いながら、寿也に手を引かれていった。後ろでは まだ過去ペアの2人が、いつまでもあたしたちの方を見ているようだった。
しばらく歩いて行くあたしたち。一応、タイムマシンのある方へとは向かっているはずだ。
ある程度、真さんたちから離れて見えなくなった後。寿也が立ち止まってあたしの手を離す。あたしも寿也も覆面を取り、「はー」と大きくあたしは息を吐いた。
「面白かったわね、正義のヒーローごっこ。あたしびっくりしたけどワクワクした。寿也はどう?」
ウーン、と大きく手を伸ばして。寿也の方を見た。
あたしと寿也の目が合う。ん?
「……」
何故か無言の寿也。どうしたどうした?
あたしが返答無く困っていると、寿也は「いや……」と、視線をあたしより後方へ向けた。
「月とか海とかキレイだなーと思っただけ」
あたし振り返る。
寿也の言った通り、月と海との夜の風景。月は半月で空も海も真っ黒だ。空の光は月と星、海の光は空に照らされ波光り。同じ黒なのに皆が個性を持った黒みたいだ。空の黒、海の黒、陸の黒。
素敵ね。
あたしも、風景をしばらく見ていた。時々吹く海風に髪が なびく。
そしてそれが気持ちいい……。
「僕たち、帰るんだな。故郷に」
「え?」
あたしは寿也に笑いかける。何、寿也。よく聞こえなかった。
「故郷……地球、僕たちの住む家。それとも…………ミルキー星」
海はただ、静かに波を立たせていた。