第64話(これから)
サッと両足をベッド脇に放り出し、足をブラブラさせた。うつむき加減で上目づかいに寿也を見ている、薄いピンクの上下パジャマを着た女性。黒い髪は長く、造作も無く垂らしている。
「フッフッフッフッフッ……フウ」
不敵な笑いをこぼしたかと思ったら、最後は ため息をついた。
何なんだ この女。
寿也は尻もちをついたまま、この女性の一挙一動に……呆然とするしか無かった。
待っていた? 僕を?
わけを聞かせてほしい。寿也は目で訴えた。
女性はニッと、口唇の両端を持ち上げた。楽しんでいるように見えた。
「あたしに会いに来たんだねえ。来るの、わかってはいたけど。あたし、『見える』から」
と、不思議な事を言う。
「何が『見える』?」
「未来」
あっさりと軽快そうに答えた。
未来が見える?
「あんたにもあるんでしょ? 超能力。……まだ無いか?」
寿也は「いや……少しだけしか、まだ……」と曖昧に答えた。
ミルキー棒が作れますと胸を張って言えばいいのだが。どうも寿也はこの女性の前では調子が狂う。ちっとも考えが読めなかった。
「あたしは知っているの。これから何が起こるのかも。置いてきた王女たちや預けてもらった寿也の未来も。細かいとこまではわかんないけど、だから、さ」
「……知っている? これから自分の身に何が起きるのか……」
寿也がそう言った時、風が強く吹いてきた。
花瓶にささっていた一輪花が、大きく揺れた。……
「あたし これから死ぬのよ」
微妙に笑っている顔が病的な気がした。
(何で笑う……蝶子さんの言う通り、気がおかしいのか……?)
寿也は懸命に考え出した。
母の言葉から、一つの答えを見つける。
寿也と、王女と、千歳を自分から引き離した母。まだ幼かった3人。引き離されたわけでは無い。また、衝動的でも、無い……?
未来が『見えた』から。
だから……安全な未来へ、母は託した。自分の元より安全な、『未来』へ……。
そういう事なのか? ……母さん……。
「一緒に逃げよう。母さん。未来へ」
寿也は立ち上がった。真っ直ぐに、ベッドに腰掛けている母親を見つめた。
ココに来るまでに、寿也は考えていたのだ。
歴史を変えてしまうと わかっていても、母親を助けたら どうなってしまうのか。
未来は。宇宙は。
世界は。寿也は。
寿也はジッと、母親の顔色を窺っていた。やがて、ビシリと言い放たれる。
「皆死ぬよ。そんな事をしたら」
その目は怖かった。熱を持たない、無感情な声と顔。寿也でさえ、背筋が凍るほど――
「あたしが許さない。歴史を変えるなんて。寿也」