第61話(パスワード)
「さてと。パスワードは何にしようか」
操縦席に座った真さんは、腕を組んで考えていた。真さんの前に英字のような文字がズラリと長く一面いっぱいに並んだ画面と、アルファベットや記号の書かれたパソコンのキーボード目のような盤が。
少し横には太さの違う、レバーが幾つか並んでいる。あたしの座っている席からではあまり見えないようになっているけれど、機材の裏側には細い、何十もの本数の赤や青といったコードが見え隠れしている。
ヒエー、下手には触りたくないっ。
とは言っても、発進・着陸の際には必ず固定ベルトを身につけてお締め下さいと入り口の辺りにそう書かれたシールが貼ってあり。今のあたしたちはその通りベルトで固定されているため下手に触る所か手が届かないから触れない。
あたしと寿也は横並びに座席に座り、両肩から かかるようなベルトで体を固定していた。ジェットコースターにでも乗って旅立つ気分だ。
「パスワードが要るんですか?」
「何ケタの」
あたしと寿也は前の座席に居る真さんの背に呼びかけた。
「ん……4ケタから10ケタの間。別に適当に決めて、いいんだけど。適当でいい割には、帰りに同じパスワードを入力しないと元に帰れないという、恐ろしいシステム」
と、ポリポリと頭をかく。
確かにそれは恐ろしい。もし帰りにパスワードを忘れてしまっていたら。
あたしたちは、路頭どころか時流に迷い先祖の皆さんこんにちはなんて事になってしまうかも。
ココは慎重に。
うーん、4ケタ以上の……何がいいだろう。
「1048で」
すぐに寿也が言った。1048?
「1048ね。へーい」
またすぐに真さんが了解の返事を。
1048。
『ト・シ・ヤ』だねー、と。過去のあたしが言った。
ゴワアアアン。プシュウウウッ……。
問題無く、タイムマシンは何処かの地上に着陸した。砂埃が舞っている様子が丸い窓から見える。あたしたちはベルトを外し、外へ出た。
固く身構えて外へと出たが、機体の周りにはのんびりした田んぼや畑が視界いっぱいに広がるだけで、幸い人の姿は無かった。降り立った所が山裾で、古い使われているのかがわからない大きめの家屋の陰に上手い具合に隠れていたのがよかったかもしれない。
もし堂々と田んぼや畑の真上に着陸していたら、ミステリーサークルが出来てしまう所だった。しかも、あたしたちが宇宙人だと大騒ぎしてしまうかも。
一応、宇宙人なので間違ってはいない。
「おしゃぶりして。タイムマシンも見えないようにシールドを張っておく。ココが何処だか、見当はつけそうかい、お2人さん」
と、真さんはタイムマシンの中から外に出ていたあたしたちに言った。
それぞれが持っていた おしゃぶりを口にくわえ、辺りを見まわす。
全然わからないなあ……日が、まだそんなに高くは無いから朝だとは思うけれど。
寿也はどうかと見ると、ちょうどスッ、と……腕を上げた寿也。一方を指さしている。
その先には。
……白い建造物。余計な装飾や看板も無い、シンプルな建物。前に広がるのんびりした田畑の遠方に小さく存在する、異質な物とさえ思わせる建物。
見覚えがあった。
よくよく目を凝らして見ると、十字のマークも顕在だ。
「病院……」
寿也のお母さんが居る、居たと思われる……火事に見舞われていた、あの……。
まだ燃えてはいない。
たぶんきっと……あそこに居るんだ。寿也のお母さん。
あそこだよ……寿也。
【あとがき】
再度1048。
覚えておきたまい。




