第60話(行ける所まで)
ここまで来たら、誰も何も文句なんて言わない。
寿也は あたしなんかより、よっぽど辛いはずだ。本人は何も言わないし無愛想なんだけれど。
きっとすごく辛いはずなんだ。
「じゃあ……。行ってくるよ、岩生、のどか、千歳くん……真木ちゃん」
と、タイムマシンに乗り込む前、真さんが呼びかける。
ここはタイムマシンを沈めて隠しておいた湾の港。時刻は深夜の0時過ぎだ。
大きな倉庫が建ち並び街となって。でも深夜だからシーンと静まり返っている。時々、風が老朽した錆だらけのフェンスを、カタカタと叩く。同じく赤茶けて錆ついているドラム缶の横にある、売店のノボリをパタパタと いわせていた。
少し寒い。凍えはしないけれど、小さくブルブルと身震いがした。
タイムマシンに乗り込むのは、寿也と真さんのみ。他のメンバーは お留守番だった。
本当は あたしも行きたかった。でも、あたしが行った所で……と思って、自分を止める。
行くのは寿也だけでいい。真さんは操縦しなければならないけれど。
皆、意見は一致していた。
「これを渡しておく。……見まわりの警備員にでも見つかったら、面倒だろうしね?」
真さんはコミック本サイズくらいの赤いきんちゃく袋をカバンから取り出した。固形の何かがたくさん入っている。
ゴソゴソと手を入れて取り出して、一個ずつ皆にハイと言って配り始めた。
それは……
おしゃぶり。
「くわえておいたら、自分の姿は見えなくなる」
さらに「ただし見つかってからでは くわえても効果は無い」と付け加えた。
何ていうアイテムなんだろう? おしゃぶりミルキー? 何で わざわざおしゃぶりにしたんだろうか……。
「じゃ、行ってくるよ。寒くて凍えそうなら、家に戻っていたらいいから……」
真さんは あたしを見て言った。そうでも言っておかないと、あたしがココで待ち続けてしまうと言わんばかりに。
あたし、待つわ。
朝日が昇ったって構わない。風邪ひいたって、構うもんか。どうせ家に帰ったって、眠れそうに無いもの。あたしはそう思っていた。
真さんはフッ、と口元で笑って、寿也の肩を叩いた。「行こう」
「……」
無言の寿也。でもそれは一瞬の事で。すぐに「……じゃ」と背を向けた。
(……)
あたしは、今見た寿也の顔が気になった。
はたから見たら、いつもと変わらない落ち着いた表情。誰も気がつかない。
あたしは気がついた。
ほんの、まばたき程度の時間だったけれど。寿也は一瞬、あたしの目を見たんだ。
何かを『言って』いるかのように。
タイムマシンの入り口から、真さんと寿也が乗り込んだ後。
あたしは閉まる前に、入り口の床に足をかけた。
「!」
その場に居る皆からの注目を浴びる。ギョッとしてあたしを見ていた。寿也も、真ん前で。
「やっぱりあたしも行くわ。行ける所まで、ついて行く!」