第59話(行きたい過去)
「明日の夕方の飛行機でオーストラリアに帰るよ。本当に」
グサッと、鍋の中の玉子を箸で突き刺しながら真さんは言った。
コタツ机とそれにくっつけて予備用の折りたたみ机も登場。机が増えたおかげで、あたし、先生、寿也、千歳くん、のどかさん、真さん……と。6人が座れた。
ただ、鍋が若干あたしと先生から遠い。なので先生の分のおでんの具を、取り分けてあげている。
部屋の中は温かかった。皆ホクホクしながら、熱々おでんを食べ始めている。
「え? 飛行機で帰るの? タイムマシンで、ひとっ飛びできるんじゃないの?」
と千歳くんが三角になっているコンニャクをフーフーと吹きながら聞く。
あたしも同じ疑問を持った。
「アルペンに……仲間に怒られちゃってね。燃料を無駄にするんじゃねえ大バカ野郎、ってね。まあ確かに。アレ、中に乗る奴が多ければ多いほど、エネルギーやら要るわけで……。帰りは のどかだけ乗って、俺は飛行機で帰る」
ちょっとした節約のつもりらしい。
ふーん、そうなんだ。
そういうもの。
もう帰っちゃうのか……寂しいけれど、真さんたちにだって仕事とかあるよね。そうそうあたしたちの事ばかりで引きとめてしまっては迷惑かも。
「それまでに。何処か、行きたい過去とかは無いかな」
全体を見渡して真さんは聞いた。「え?」あたしが返事する。
行きたい過去?
「せっかく持ってきた乗り物だからさ。あと一回くらいは、余裕があって過去へ時間旅行くらいできると思うんだよ。何、さっき言ってしまったけど燃料うんぬんは気にしなくていい。向こうへ帰ればまだ たくさんあるんだから。どうだろう?」
と……真さんは提案してくれたわけだけれど。
あたしたち皆、人の顔色を窺ったりして……考え込んでしまった。
急に言われても思いつかない。皆がそういう雰囲気を持っていた。
あたしも考える。
見ておきたい過去。未来は……あんまり興味は無かった。
だって未来は これから見られるけれど。過去はどう頑張ったって見られないし。見られるはずの無いものを見ておいて、スッキリした方がいいと思う。
過去は謎ばかりだったはずだ。
見ておきたいもの……会っておきたい人……。自分ではダメだよね、歴史が狂いそうだから。
皆、考えながら おでんの具を食べている。
何でか急に、お通夜になってしまったみたいだ。確実に、鍋の中の おでんは無くなっていく……。
「ゲフッ」
先生のゲップが、静かな部屋に響いた。
「真さん」
カタンと、お茶碗の上に箸を置いた寿也が、真さんに呼びかけた。皆がハッと寿也に注目する。
あたしも寿也? と眉をひそめた。
「何だい? 思いついた?」
真さんは心なしか優しげな瞳で見ていた。遠慮なく、寿也は言う。
「僕の母親と話をしたいんだけど」