第43話(握手)
数日後。
冬がそろそろ近づいてくる頃。日がもう、こんな早い時間に沈みかけている。
ある日あたしと寿也は先生に呼び出され、理科実験準備室に集まった。室内には、壁際に棚や人体模型が並ぶ。理科で使うフラスコや試験管などの器具や調具がキレイに整頓され、隅に寄せられて。部屋の中央周囲は広く場所が空いている。
「そろそろ2人とも、仲直りしないか」
先生だけが丸イスに腰かけて、そう切り出した。部屋の中央にあたしたち3人は集まっている。
あたしと寿也がケンカしたまま険悪なのを見るに見かねて、言い出してくれたのだろう。腕を組んで、難しそうな顔をする先生。
「でないと、真木の飯が。いやいや」
ポロッと先生は本音をこぼした。昨晩食べた天丼がよほどキイタのかもしれない。
あたしの表情は固かった。寿也は……相変わらずいつもの無愛想だ。
「仲直りの握手をしよう。ほら、2人とも手を出して」
先生に促されて、あたしと寿也は ためらいがちに片手ずつ手を前に出した。
握手。すれば、仲直り、できる……。
これでやっと……。
あたしと寿也は握手した。それは別に問題無く、普通の握手だったのだけれど。
手を繋いだ瞬間。
(え……?)
フッ……と、辺りが暗くなった。音も無くそれは突然。
沈みかけていた太陽が、地平線の向こうで力を失い落ちてしまったのではと思って窓の方を見たりした。
ところが。
「……!?」
窓なんて無い。暗くなっただけではない。準備室にあったはずの棚や調具、人体模型といった物が何も無い。
あるのは暗闇だ。暗闇だけ。あたしたちだけ。
先生の姿も無かった。……消えた?
「と、寿也……!?」
「待て」
こんな時でも慌てない。それは尊敬するけれど……でも……。
寿也は沈黙したまま、あたしと手を繋いでくれたままでいてくれた。
そのおかげで あたしは不安が……ふくらまずに済んだ。
あたしたちが しばらく手を繋いだままでジッとしていると、やがて闇が晴れてきて少しずつ周囲の様子や形が明らかになっていった。
まず刈られていない伸びっぱなしの植物がたくさん目に入る。そして木々。……野の匂いがする。山の中の山道にあたしたちは居るらしい。人が通れるようになっている緩やかな坂道の途中に立っていた。
太陽が薄い雲に隠れてか、頭上空にぼんやりとあった。
ただあたしたちは周りに浮かび上がってきた物に、驚くしか無かった。
「ココは理科室じゃない……外だ」
「ココは何処なの!?」
寿也と繋いでいる手に力が入った。キョロキョロと、見渡す。
木々のあいまから、ココは高い位置にいるのか下方の景色がチラチラ見える。見える範囲は木や植物が生い茂るだけで、人工物は見当たらない。
「何か……焦げ臭い」
あたしは変な臭いが風にのってする事に気がつき、クンクンと臭いを嗅いだ。
「火事だ……」「え?」
「見ろ」
寿也はもっと下方の、もっと遠方先を見るようにアゴで方向を指した。
あたしも見る。
寿也が言った通り、ココより はるか遠方で建物から黒い煙が上がり。炎が姿を現し激しく建物を燃やしているさまを目撃した。
「あああ!」
あたしは びっくりして、寿也から手を離した。
どう見ても火事だ!
白っぽい壁造りの建物だと思った。でもまるで、あの建物は……。
「病院……」
ボソッと、寿也が呟いたのをあたしは聞き逃さなかった。
「そうだよ! 病院じゃない!? だってホラ、十字のマークが」
よく目を凝らして火の中を見ると、確かに建物のてっぺんに付いているマークがそれのように見える。
病院が火事!?
あたしたちがその光景に釘づけになっていたせいで、背後の草陰から出てきた人物に気がつくのが遅れた。
ガサラッ。
草木をかきわける音。寿也の方が先に振り向いた。




