第29話(北へ)
朝が来た。
あたしが目を覚ますと、台所からトントントン……と まな板を叩く音がしていた。
それから、みそ汁の におい。
ムクッと起き上がって台所を見ると、朝食を作っていた先生が ちょうど振り返ってあたしと目が合った。
「グッモーニン、真木。そこの ばかミルキーを叩き起こせ」
……あたしの隣の布団では、真さんが大の字になってまだスヤスヤと。
「熱湯 貸そうか、真木」
包丁を持った先生の顔が歪んでいる。……あまり さわやかじゃないなあ……。
「寿也くんの出生を調べに北へ? 場所は わかっているのか」
あたしたちは真さんが借りてきたレンタカーに乗り込み、家を後にした。助手席に寿也、後ろにあたしと先生。真さんは運転しながら、先生に返事をした。
「ああ。昨日、寿也くんを送っていった時に親御さんに話をつけてきたんだ。岩生と同じく、ミルキー星人については受け入れている人たちみたいだったから、話はスンナリとついたよ。で、知っている事を色々と聞いてきた。寿也くんが前に居た場所」
寿也って、あたしと同じく本当の親が わからないんだね。だったんだ。
何となく、薄々感じてはいたけれど……。
「“木葉村”という所だ。山のそばの、村民300人ほどの小さな村らしい。そこでヒッソリと、寿也くんと、お母さん……だと思うけれど。一緒に暮らしていたそうだよ」
寿也のお母さん。
うわあ、何だか少し新鮮。
「ただ、病死してしまって、それで今のご両親に引き取られたみたいで」
寿也は黙ったままだった。顔は見えないけれど。
寿也は今、何を思っているのだろうか……。
……
車を走らせる。
「……ねえ、真さん」
「何だい? 真木ちゃん」
車は ずっと北へ向かってきた。途中、休憩しつつ目的地へ近づいていったわけだけれど。
「村には、もう近いんですよね? だいぶ経ちますが」
「そうだね。もう20分くらい行った所じゃないかな」
「ですよね。あたし、さっきから何度も何度も地図を見ているんですけど」
「合っているよ、方向も場所も。俺、迷った事は無いから」
それは いいんだけれど。
「あの……聞いていいですか」
「なあに? 真木ちゃん。彼女なんて居ないよ。カミさんは居るけど」
「へえー。結婚してたんですか……って、その話はまた今度。それより……」
あたしは率直に意見を申し上げる。
「この辺、どう見たって都会的なんですけど」
……村ではない。
発覚したのは、道路沿いに見つけた看板を、幾つか見た時だ。
“ようこそ、キバシへ!”
キバシ……?
真さんは突然、閃いたように言った。
「どうやら俺は重要な勘違いをしていたらしいな」
「どういう事でしょう」
「コノハ、とは読まない。“キバ”と読むんだ。“木葉”と書いて。そして」
真さんは、見つけたコンビニの駐車場へ進入した。
「村は恐らく吸収か合併かされて、“木葉市”になっているみたいだな」