第26話(『衛星リンス』)
先生と真さんの押し問答は続いた。
「まさか普通のシャンプーでも口からは入れないだろ!? いくら貧乏極限状態のお前でも!」
先生は酔っ払いみたいに ぎゃあぎゃあと喚く。
「嫌だあああ! 真木が死ぬううううう!」
「落ち着けって! 真木ちゃんの姿変われど、生きて元気でいるんだろ!?」
「あうううぅ!」
もはや涙でベチャベチョだ。見るに耐えかねる大人の姿。
「だから変なんだ。そんな事例は今まで報告された事が無い。それに……」
「ほれり(それに)?」
チーン! と鼻をかむ先生。ティッシュ一枚では収まりきらなかったらしく、続けてもう一枚。ヂーン!
「俺の考えられる限り、助かる可能性のある方法は一つしか思い浮かばない」
「何だそれは」
「コンビ商品『衛星リンス』を服用する事だ」
押し問答、ひとまずここまで。現在に戻る。
「『衛星リンス』……」
初めて聞いた名前だった。あたしはオウムのように名前を繰り返す。
「『衛星リンス』……」
「『惑星シャンプー』と一緒にセットで売られていたはずだ。容器にもしっかり書かれているはず。“必ず ご使用後は『衛星リンス』でケアを”と。ケア無しでも死にはしないが、まあ、した方がいい。潤い感が違うから。正しく使えば、何ら問題は無い」
と、真さんは付け加えた。
『惑星シャンプー』の正しい使い方。
もちろん、頭を洗う。だって“シャンプー”なのだから。
「ところがだ」
真さんは腕を組み足を組み直し、目の前にあるウインナーを指で つついて遊んでいる。
ちょっと、やめて下さい。それ、先生なんですから。
「まずは飲んだペットの猫が死んだ」
淡々と、語り出す。
「どう誤ってか口から入れたみたいだな、その猫。別に『ゴメン』と謝って飲んだわけじゃないぞ。あやまり違いだ。……その最初の報告から わずか数ヶ月の間で、同じような事故報告が25件。ちょっと多すぎ」
にじゅう……って、確かに多い。
「シャンプーを口にしたモノは全員死亡」
しっ、しぼう!?
「慌てて生産会社は生産中止、注意呼びかけ、自主回収。それから賠償だ。もうかなり昔の話になるけどね」
大事件じゃないの、それ。……知らなかった。
「とは言っても、ミルキー星の話らしく。記録がそう残っているだけ。“ワクシャン事件”という」
ワクシャン……。
“ワクワクシャンパーニュ”という言葉と先生の姿が一緒になってあたしの脳裏にイメージとして浮かぶ。
……関係ないけど……。
「回収されてもうかなり時間は経っている。昨日おとといの話じゃないんだよ。しかもこの地球で……存在しているとは、考えられない。真木ちゃんがそれを持って、地球に居て。飲んでピンピカピンだなんて。奇跡というより、脅威だ。魔の力さえ感じる」
大魔王の姿が浮かんだ。あたしって何者。
「真木ちゃん」
真さんは真剣な目であたしの目を見つめた。そして、机の上に置いていた あたしの手に、そっと自分の手を重ねた。
ドキッとして……あたしはゴクリと唾を飲み込む。
「トイレ貸してくれる」
……あたしはガンッ! と机に頭を打ちつけた。