第100話(ロケットに乗って)
あたしが一番腹の立ったのは寿也だ。何で あんな事をシレッと言うの。
『ま、しゃーないよ。僕ら子供だし』
……だって!
あたしを好きだと言ったのは 何処のどいつだ! 許さない!
あたしはガムシャラに走った。雪の粉も静かに数を増やしていく。あたしが自然と向かう先は、背犬川だ。背犬川のほとりだ。
いつもココだ。ココしか行き着く場所が無いみたいに。
「ひくっ……」
あたしは止まらない涙を拭いた。心臓の鼓動音が、まるで余計に涙を製造でもしているような。ドクドクと流れてる涙。
「何処にも行きたくないよぉ……」
と、声を漏らした。
「……」
歪んだ視界の中で、川は平気で流れている。時々、ゴミをも流す川。川原に石が。枯れた葉の長い雑草が。
夜の黒が。雪の粉が。家の明かりが。吐いた白い息が。
……存在しても あたしに何もしてくれない。
「よお姉ちゃん。何一人で泣いてんのぉ」
あたしが振り返ると、若い背の高い男が近づいて来ていた。ワイシャツを着てネクタイを緩めていた、どう見ても酔っ払いにしか見えない男。ズボンから だらしなくシャツは出しているし、片手で書類カバンと上着を持っている。クリスマスでも仕事ですかなんて聞いている余裕は無い。
何、この人。「オジサン、ヨシヨシしてあげよーかあぁ〜?」
そんな事を言いながら、あたしの手を掴んできた。
「ちょ、ちょっと!」
もちろん、あたしは必死になって抵抗した。「いいからぁ〜」
「悪ふざけは他所でしてくれる」
違う所で声がした。よく知っている声……寿也だ。寿也が、あたしたちの背後まで走って来て あたしに追いついた。
「なあにボク〜。王子さまぁ〜?」
酔っ払いは、寿也に絡む。
「うっさいなノンダクレ」寿也も威嚇する。
「何だとコラ」
酔っ払いが寿也の肩に掴みかかった。寿也がバシ、と邪険に手を振り払ったのが癪に障ったらしく、男は寿也を殴った。
バタッ。
寿也が殴られて地に転んだ。「寿也っ……!」
あたしが慌てて寿也の方へ寄ろうとすると、そんな あたしの脇をすり抜けて。寿也は男に……。
「消えろハゲ!」
と、下から すくい上げるようにパンチをお見舞いした。
アゴ下から入ったその一発の衝撃は。
ボグァッッ!
キーン。
キラッ。
……男は、空の お星様になった。
「アイテテ……」
珍しく、寿也が痛がっていた。「寿也! ……ごめん!」あたしは即座に謝る。
「大丈夫。ちょっと焦っただけ」
殴られた ほっぺたをこすっていた。「……」
あたしが黙ると、「どうした?」と寿也が聞いてきた。
「あたしたち、子供なんだね……どうしても……」
また ひとしずく。
そして つう、と一筋の涙が あたしの頬を伝う。
「そうだな」
雪が、あたしたちを隠す。全然降り止まない雪は、足元を白に染めていく。
「わかってても あたしは……嫌だった……こんなに、好きなのに。寿也の事……」
下を向いた顔を上げる力も無い。もう涙も枯れ果てる。涙が枯れたらもう……。
あたしは、オーストラリアへ。
「コレ……」
「……?」
「クリスマスだから。用意しといたんだけど」
上着のポケットから出されたのは、ラッピングされた小さな縦長の箱。それをあたしに手渡される。
「開けてみて」
寿也に促され、あたしは箱の包みを開けた。
「あ……」
シルバーチェーンのペンダント。トップには、三角形を描いたような物が。中はくり抜き、真珠が可愛らしく一つ。「可愛い……」と、あたしは息を漏らした。
「コレ、あたしに?」
寿也が微笑んで軽く頷く。
「まるで楽器のトライアングルみたいなソレ……頂点の一つ一つが、僕たち3人を表している」
寿也がそう言って、ペンダントの先の三角形を……手に取り、言った通り頂点の一つ一つを指でなぞっていった。
「ココが真木、ココが僕……それから、……千歳だ」
少し悲しげで、切なげで……あたしは頷きながら「うん……」と少しだけだけれど、笑う。
「大人になったら迎えに行くよ、真木を……だから。辛抱して、待っててほしい。コレに誓うから」
本当?
このペンダントがそれの証?
嘘じゃない……よね?
あたしは目でそう聞いた。歯を食いしばりながら。
もう枯れて出ない涙の代わりに、頬や目元に落ちて当たった雪が溶けて水になって小さく流れる。
寿也はそれを指でチョイと拭ってくれた。そして。
「約束する。……真木」
寿也の顔が近づいたかと思ったら、あたしのオデコにそっと。キスしてくれた。
雪で、全然景色が見えなくなってくる。
でも、目の前の寿也の存在は強く感じるの。
例え、遠く離れ離れになってしまっても。
あたしたちはミルキー電波を飛ばせるわ。だから、それをキャッチしてね、寿也。
必ず。必ずよ、寿也。約束を守って。嘘はつかないでね。
約束だよ……。
年が明けて。
3学期が来る前に、あたしは旅立つ事になった。
「さ。行こうか。プリンセス・リリン」
飛行機の搭乗入り口で。真さんと、アルペンさんと。そしてあたしは、これから飛行機に乗ってオーストラリアへと向かう所。お見送りの先生が、あたしたちが去るのをずっと見ていて、いつまでも別れを叫んでいた。
「元気でなぁ〜! すぐ、そっちに行くからなぁ! 真木いィィィ!!」
号泣している。……恥ずかしいよぉ。
「寿也くん来なかったね。だいぶハッチャけてたから、結構今後が楽し……いや、心配だなあ」
あたしの横に立つ真さんがハハハ、と笑う。あたしも笑いながら言った。
「寿也なら、大丈夫。あたし信じてる」
飛行機に乗る前、見上げた青空の中で。あたしの脳みそは想像する。
いつか寿也の乗ったロケットが、あの空の向こうから飛んでやって来るんだと。
あたしを、迎えにね。
約束守ってよ、嘘つき寿也。
……
……
……これは、星と宇宙と、ミルキーウェイ星人の、物語。
寿也とあたし、真木の、小さな恋の物語。
2人はまだ子供だったけれど、
寿也は約束してくれた。
大人になったらロケットに乗って迎えに行くと。
海外に居る、あたしの所に来てくれると。
ロケットに乗って
ロケットに乗って
嘘つき寿也はきっと、夢を叶えてくれる。
あたしは そう……信じている。
《END》
【あとがき】
ご読了ありがとうございました。
3を……と言いたい所でもありますが、全然未定です。しかしとりあえず。
終わったよ〜。
2008年4月24日 あゆみかん