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デッドリィ・サンセット

千羽は重い足取りで階段を上る。クラスメイトの美少女に呼び出されたなんて、側から見れば嬉しいシチュエーションなのだろうが、あまりに予想外の展開は対応に困る。


モニカはどういう考えで千羽を呼び出したのだろうか。今まで気にも止めなかったが、千羽は彼女について知らないことが多すぎる。どんな街で生まれて、どんな所に住んでいて、普段家では何をしていて、なぜ殆ど存在も認識していないであろう男子を屋上に呼び出すのか。屋上に行けば何か分かるのだろうか。


階段を登りきると、夕日の赤い光が磨り硝子ごしにも分かる。屋上へと続く扉には、「立ち入り禁止」のプレートがかかっているが、形骸化とはこの事を言うのだ。実際には生徒でも教員でも、気が向けば自由に立ち入っている。


千羽は思い切って扉を開けた。


夕方の優しい風がそっと頬をなでる。モニカはすぐに見つけられる場所にいた。フェンスの側で、赤く染まった町並みを物思いに見つめている。微風ながら、髪がさらさらと揺れて、夕日で輝いていた。


綺麗だ。


訝しむ気持ちを一瞬忘れ、その光景に見入る。


開け放った扉がばたんと音を立てて閉まると、モニカはこちらを振り返り、千羽の存在に気付いた。


「来てくれたか、笠神くん。」


今更ながら二人きりの状況にどきりとする。彼女は微笑んでありがとう、と礼を言った。何を何を、モニカに呼び出されて無視する男はいないだろう。


「あ、あのさ、用事って・・・」


「うん、ちょっと話さないか?」


話くらいならドンと来いだ。話題は昨日のテレビ番組でも、量子デコヒーレンスで青酸ガスから猫を救えるかについてでも。


「笠神君はさ、」

「あ、千羽でいいよ、センバ。」

「そう、じゃあ千羽くんは何か好きなものとか、ある?」

「好きなもの・・・?例えば・・・?」

「そうだな、私はここから見える街並みが好きだ。働いている人達も、仲良く過ごす家族も、ビルの合間から見える空も、全部。」


「街並み・・・か。そんな風に見たこと無かったなぁ。」


「それから、もうひとつ。」

モニカはこちらに向き直り、透き通った瞳で千羽の目をじっと見つめる。風に乗ってモニカのいい香りが千羽を包んだ気がした。


「千羽くん」


やや間があって。


「君が好きだ、付き合ってほしい」


・・・?


・・・・・・・・・


!?


え・・・ええええええええええええ!?


「ええええええええええええ!?」


おっと、心の叫びが口にも出てしまった。


モニカはビクンと体を跳ねさせて驚いている。

「そ、そんな叫ぶようなことなのか!?」


叫ぶようなことだとも。こちとら驚きすぎて意識が2、3回飛びかけている。ラウンド10まで粘りに粘った格下ボクサーのように。


「な、なんで!?」


「言っただろ?千羽君が好きだから。」


「おう・・・」


来た・・・遂に来たのだ。苦節17年、千羽の人生に春が・・・ッ!この!モニカと付き合えるなんて!もう死んでもいい!いやダメだけど!あと80年くらい二人で添い遂げた後なら死んでもいい!


「付き合って・・・くれるか?」

微かに頬を染めたモニカが一歩近づいて千羽に問いかける。

「はい、よろこん・・・」


その先の言葉は口の中に押し留めた。

・・・いや・・・待てよ・・・。

こんな上手い話、現実にあるか・・・?

本当に彼女の言葉を鵜呑みにしてしまっていいのか?浮かれに浮かれていた思考の片隅で、卑屈さという非リア充固有の危険察知能力が危険を訴えかけていた。


「あの」


「何だろうか。」


「参考までに聞かせてほしいんだけど」

カマをかける。


「俺のどの辺が好きなんだ?」


「え゛?」


聞こえたぞ。今確実に濁点のついた『え?』だった。


「えーっと・・・そうだな、雰囲気?」


なぜ疑問系なのだ。聞いてるこっちが辛くなるだろうが。


「もっと具体的に。」


「具体的・・・えー・・・あー、ほらその・・・仙骨の形がいいよな。」


仙骨!初めてだわ!骨盤周辺の骨格を褒められたの!お前は道行く男の骨盤を見て『あ、私好みのいい仙骨!運命の出会いかも!』とか考えているのか。怖いわ!


モニカの目は完全に泳いでいる。どうやらウソは下手なタイプのようだ。


嘘・・・?


・・・まさか。


・・・いや・・・いやまさか。


・・・罰ゲーム・・・なのか?


罰ゲームで告白【ばつげーむでこくはく】とは:

女子たちやリア充グループで密かに行われる残虐な儀式。冴えない男が虚偽の告白をされることで喜び小躍りを踊ったり挙動不審になる様を観察して嘲笑う非人道的な行い。多くの国では極刑に処される。


目の前がグルグル回っている。そんな・・・やっと掴んだと思った幸せが、幸せ型時限爆弾だったなんて。どうせなら幸せの絶頂のまま爆死したかった。


「モニカさん、もしかしてこれ・・・罰ゲームで言ってる?」

恐る恐るモニカに問う。


「罰ゲーム?」

モニカはきょとんとしている。

「千羽君、罰ゲームっていうのは・・・?」


「説明しよう、罰ゲームとは運や能力の優劣によって選別された者に、苦痛を伴う行為を課して残りの者の幸福を得ることだッ!」


それを聞いてモニカが考え込む。


「あー、うん、それだ。たぶん。罰ゲームって言うんだコレ・・・。」


「うぐっ」


どさり、と両手両膝を冷たい屋上の床に着く。分かっていたさ。出来過ぎてる。嘘だと思うのが自然だ。・・・しかし何だろう、この失望感は。頬を伝う熱い液体は。


「ちょ、ちょっと千羽君、大丈夫!?」


「ああ・・・大丈夫、心配しないで。ちょっと心に致命傷を負っただけだから。」


「大丈夫じゃない!?」


「・・・話はこんだけだよね・・・俺帰るわ・・・。」

フラフラしながら来た道へと帰ろうとする。畜生、今夜は自棄けレッ◯ブルだ!


「ちょっ、ちょっと待て千羽君!気を悪くしたならすまない!」

モニカが慌てて引き止めるが、見たこともない身振り手振りがその慌てっぷりを物語っている。


「言い方を変えよう、私と契り交わしてくれ!」


「ちぎり・・・・・・・・・?」

ほぼ思考停止状態の頭に、また違和感のある言葉が飛び込んできた。『契りを交わす』、意味は契約、固い約束を結ぶ、結婚する、そして・・・


千羽が首を捻っていると、モニカがしれっと捕捉した。

「分かりにくかったか?有り体に言うとセックスのことだな。」


「!?」


おいィ!?ストレート過ぎるだろ!女子高生の口にする言葉かそれ!?包んで!もっとオブラートに包んで!中身が見えないくらいに!


「ちょっ!?ば、罰ゲームだからってやり過ぎじゃない!?いつも言ってんのソレ!?」


「ば、バカ者!私はそんな淫らな女ではない!」


モニカは顔を赤くした。恥ずかしがるポイントが分からない。


「こんなこと言うの、千羽君だけなんだからな・・・。」


モニカは顔を赤くしたまま上目遣いにそう言ってきた。胸元に当てた手が、逆に胸元のボディラインを強調している。


うおお、健康な男子高校生に対してこの攻撃は酷だ。罠だと分かっていてもかかってしまいたい・・・!!


嫌でもモニカのことを意識してしまう。スカートから見える綺麗な太腿、制服の間から見え隠れする腹部の白い肌、潤んだ瞳。


「オーケイ、素数を数えて動揺を鎮めるんだ俺。0、1、2、3、4・・・」


「千羽君、0と4は素数じゃないぞ。」


・・・ダメだ。笠神千羽はクールに去って、どこかから観察しているであろう罰ゲームの参加者たちをガッカリさせてやりたかったのに。悔しいが完敗だ。


どうすれば良いか分からず、たじろぐ俺を見てモニカは不思議そうな顔をしている。

「あれ・・・。おかしいな、ここまでやれば大抵の男子は落ちるってマニュアルに書いてあったのに。」


マニュアルなんてあるのか。そんな悪書は直ちに焚書しろ。


「・・・仕方ない・・・千羽君、今から本当のことを話すからよく聞いてほしい。」


視界が歪む。


思考が何かに惹かれるように心の底へと沈んでゆく。


「・・・が・・・内なる・・・の・・・支配に・・・Fの・・・血統・・・」


モニカが何かをしきりに訴えている。


実はここから先のことはよく覚えていないのだ。ただ、とんでもないことをモニカの口から聞いた、そんな朧げな記憶だけが夕日に溶けて混ざっていった。


to be continued...

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