路地裏スタンピート
〜街で一番仄暗い場所にて〜
園山圭一は路地を機敏に突き進んでいた。一歩進む毎に空気が淀み、不快な臭いが鼻をつく。進む先に邪悪な存在を確信させるような、生理的な嫌悪感を感じながらも、微かな魔力の痕跡を辿り、誘い込まれるように奥へ奥へと歩を進めて行った。
一段と狭い路地を抜けると、少し開けた場所があることに気付く。開けたといっても、その空間は四方が建築物に囲まれ、殆ど光も入らない。もう何年も人間が立ち入ってないようなデッドスペースなのに、靴や袋、虚ろな目をした人形など、雑多なゴミが投げ捨てられている。そのアンバランスさが不気味な空間を形作っていた。剥き出しの湿った地面からは、やけに冷たい空気が這い寄ってくる。その空間の奥、目を懲らさなければ暗闇に視界を奪われそうな位置に、人ならぬ気配を感じた。
「来い、パタ=セレール」
園山が唱えると、その右腕が青く光り、次の瞬間には腕ごと剣に覆われていた。柄の周りをぐるりと包む特殊な形状の持ち手に加え、肩まで金属製の盾が伸びている。
そろり、そろりと気配の方へ近づく。いつ何が飛び出して来ても対応できるように、右腕の盾の部分を前に構えながら接近して行った。
だんだんと黒い影がはっきりしてくる。どうやら二人並んで立っているようだ。何かをボソボソと呟く声が聞こえる。
声は左側の男から発せられているようだ。会話をしているといった雰囲気ではない。深紅のローブを着込んでおり、強い魔力を発している。何かを詠唱しているのだろうか。呪術に夢中で、まだこちらの存在に気付いていない。
もう一方、右側の男はローブの男に顔を向け、ぼぅっとしているばかりだ。くたびれたグレーのスーツを身に纏い、肩をだらんと下に垂らしている。ローブの男は左手をスーツの男に近づけ、顔を覆っていた。
今がチャンスだ。このまま詠唱を完了させる気は園山に無い。膝を曲げ、腰を落として瞬速の突きを繰り出す体制に入る。
ローブの男は辛うじて口元が見える程度で、顔は確認できない。男の心臓に狙いを定め、すぅっ・・・と静かに息を吐く。
ヒュン、と風を切る音が聞こえた。
次の瞬間、ローブの男が存在している空間が歪んだように見えた。園山は動かない。通常よりも大きなカーボン製の矢がローブの男を貫通して、古ぼけたビルの壁に突き刺さっていた。
・・・いや、『貫通した』という表現には問題がある。ローブの男が矢に傷つけられた様子はない。初めから何も存在しないかのように、矢は男をすり抜けていた。それでもローブの男は少し驚いた様子で、園山と矢の飛んできた方を見ると、口元を大きく歪めて
にやりと笑った、ように見えた。
それ確かめる間も無く、男はローブを翻し、次の瞬間には二人の男が消え去っていた。
「あちゃー、外したかぁ」
頭上から幼い声が響く。
「今のは惜しかったのにぃ。」
小高いビルの屋上で、どう見ても12、3歳の少女が巨大なボウガンを構えていた。小さい体躯ながら、その制服は園山と同じ高校のものだ。
「湯田!なぜ撃った!貴様には学園内で任務を与えていたはずだぞ!」
園山が声を荒げる。
「ボクさァ、ああいう地味ィな仕事、向いてないんだよねぇ。モニカっちに任せておけばイイっしょ。」
湯田郡莉は悪びれる様子もなく答えた。ビルの上で手すりに足をひっかけ、揺らめくスカートの中が見られようと気にしない風だ。
「それにィ」
少女は三階建ての高さからふわりと飛び降り、
すとん、と何事もなく園山の前に着地した。
「ボク、抜け駆けとか手柄乞食とか、そういうの大ッキライなんだよねぇ。」
郡莉は片眉を吊り上げた挑発的な表情を園山の鼻先に突き付けた。郡莉の吐息を感じるほどの距離に、園山は顔を背ける。
「・・・近いぞ湯田。」
「ンフ、照れちゃった?かわいいね園山っちは!」
「・・・それより、モニカが笠神千羽に接触したようだ。」
「へぇー、そうなの?あんまり興味ないけどさァ、あのNichtsnutzに何が出来るのか、見ものだねぇ。」
「Nichtsnutz・・・か。ぴったりの呼び名だな。精々世界のために働いてもらおうじゃないか。」
「そゆコトー。じゃ、ボクは帰るけど、あんま調子に乗らないようにね、園山っち。」
そう言うと、郡莉はボウガンを担いでぴょこぴょこと路地を走り抜けていった。
「全ては世界のため、人類のためだ、湯田。」
一人残された園山は呟いた。
to be continued...