[89]ゲームのお城でデジャヴ的体験?
このウンコ仕様のゲームのこと、どうせお城まで延々と歩いていく羽目になるんだろうと覚悟していたけど、さすがにそこまで酷い実装では無かったらしい。アヤメが例のウィンドウとコンソールを呼び出し、ブラインドタッチで何やらごちゃごちゃやり出すと、派手なエフェクトが乱舞し始めた。何だ何だと思うや否や、突然視界が溶け出し崩れていく。
で、気づいたらボクらはお城のすぐそばまでワープしてきた。再び視界を囲むエフェクトと思ったら、突如目の前に巨大な城壁。その天高くそびえる石の構造物はまるで圧し掛かってくるかのよう。あまりに突然のことで、ちょっとビビってしまったのは秘密だ。
変なところで異様にリアルなこの世界だけれども、ようやく、初めて、やっと、ここに来て、ゲームだと実感できた瞬間だったりする。
そしてこの非日常を感じた一瞬にそんな感激を抱いたのはボクだけではなくって。一緒にここまでワープしてきた三人は、声にならない驚嘆の息を吐いた後、堰を切ったかのように声を上げ始めた。
「いやぁー、ホントにデカいねー。近くに来るとデカすぎてワケワカメ。 マジこりゃお城だわー」
「ほんとう。城壁だけで見上げるような高さね」
「大き過ぎて、どこから入ればいいのか分からないですぅ」
「そういや入口って何処だよー? 広すぎてわかんねー」
「地図は無いのでしょうかぁ?」
口々に興奮じみた言葉を乗せる三人。
浅見さんはやたらエキサイトした様子で、喋りながら落ち着きなく足踏みしている。
津島さんはぱっと見、そのクールな表情や立ち姿を崩してないけど、しょっちゅう一緒にいるボクには声の調子で分かる――明らかに驚いている時の喋り方だ。
香純ちゃんなんか、驚きのあまりオロオロキョロキョロしている。可愛いったらありゃしない。
とにかく間近で見るこの威容に圧倒されるのも無理はないと思う。ボクも含めて。
ひとしきり思いの丈をぶちまけた後、浅見さんと香純ちゃんは入口を探しているのだろうか、目を皿のようにして辺りを見回し始める。そんな香純ちゃん達にボクは声をかけた。
「こっちでしょきっと。城壁が互い違いになっていて通れるようになっているんだよ。で、その先の跳ね橋を渡って真っすぐ行くと城門に行き当たるんだと思うよ」
そんな何気ない一言に目をまん丸くする香純ちゃん達。
「ちょっとー、何で知ってるの美彌子っち?」
「え?」
真っ先に口を開いたのは浅見さんだったけど――そんなの分かるじゃん。ありがちな設定じゃん? 創造物に登場するこの手のお城って、大抵そんな構造になっているハズだろ? ……だけど相変わらず不思議そうな表情でボクのことを眺める三人。
「あ、そういうことですね。別に不思議なことではないですよ!」
いきなりそう声を上げたアヤメに注目が集まり、彼女は続ける。
「先程、王宮当局がオフィシャル・スポンサーだって申し上げましたよね? 皆様に親しんでもらうよう、王国の宮殿をモデルにしているのですよ、このお城」
「そういうことですかぁ!」
「そっかそっかー」
「確かに、それなら不思議は無いわね」
え? どしたの? 何でみんなアヤメの言葉に納得してるの? 今の言葉、理解不能なのはボクだけ?
「そうですよねぇ、美彌子さんの実家ですものねぇ……こんな素敵なお城、羨ましいですぅ」
「どーおー? 美彌子っちー、実家に帰ってきた気分はー」
――は?
「それにしても、こんな立派なお城に住んでいたなんて、さすが一国のお姫様ね」
「お、珍しく深央が驚いているじゃん!」
「当たり前でしょ」
「深央ん家よりおっきーよね?」
「そりゃそうよ」
「お嬢様とお姫様、お姫様に一本ありってかー! 今どんな気分? 深央ー」
「茶化さないで浅見さん。魔法の国の王女様とじゃスケールが違い過ぎるわ。それくらい分かっている、比べるなんてナンセンスよ」
「ボクがお城に住んでいたなんてそんな……設定を勝手に作らないでよ!? いや、だからお城なんて住むどころか見たことも無いって!」
「またまたぁ、謙遜しちゃってー」
「うんうん」
「そうですぅ」
ああっ、だから三人とも勝手に納得しないでよ!
「では姫様の言う通りのルートでお城に入りましょう! あ、ちなみに本物の王宮ですとそのルートは正門ルートになりますので、ワタシ達庶民は通れなかったりするのです。通れるのは王族の方や迎賓を受けた上級貴族の方々限定なのです!」
「そうなのですかぁ……」
「はい! いやあ、正門から堂々と入れるなんて、ゲームならではの素敵体験ですね!」
そんなことをグダグダ喋りながら城壁の中へ。広々とした前庭を挟んで巨大な館。そう言えば確か左手の方に庭園があって、とても広いお花畑があるんだよな――って、いやいや、それは想像の中のお城の話。まだ納得した訳じゃないぞ。
宮殿の中に入るといきなり大ホール。あれ? ……ちょっと違和感。
「ねえ、アヤメ?」
「何でしょう姫様!」
「入口でいきなり大ホールってちょっと変じゃない?」
「えー? どうしてー」
「何故ですかぁ、美彌子さん?」
不思議そうな顔で口を挟む浅見さんと香純ちゃん。と言うか、まただ。ボクは頭の奥で引っかかっている疑問を確認するように声に出した。
「え、変じゃない? だって普通、お城ったら入った所はテラス付きの天井の高い中くらいの空間になっていて、そっから回廊を通って大ホールじゃないか」
「そうなのですかぁ?」
「ええっ!? そうじゃない? そう思うよね?」
不安になって見渡すけど、香純ちゃんだけじゃなく津島さんも浅見さんもどこか腑に落ちないような顔をしている。
嘘……明らかにお城の内部構造が変なのだけど……そう思うのってボクだけ?
当たり前のはずの想いが共有できずとても寂しい。てか、余計な一言のせいで詰んじゃったかも。そんな苦々しいやっちゃった感を噛み締め始めたその時。
「あ……えーと、姫様がそう思うのも無理はないのかと……」
と、アヤメが渡り船。
「何でアヤちゃん?」
「はい! お城の外観はかなり忠実に再現されてますが、内部構造はまるで別物になっているのですよ、さすがに」
「なんでわざわざそんなことをするの? 完コピしちゃえばいいのに」
「王宮側の事情です! いわゆる安全保障のための機密保持って訳ですね!」
「なるほどー、そういうことかー」
「安全保障、ですかぁ……泥棒さんに入られたら困るから、でしょうかぁ?」
「おいおい香純ー、泥棒ってよりこの場合は怪盗とかじゃね?」
「そうでしたぁ……でも、それだったら美彌子さんが変に感じるのも当然ですねぇ」
「そうね。自分の家なのに、いざ入ったら間取りが違ったりしたら、誰だって混乱するわ」
「ああっ、だから何でその前提条件なのさ……」
どうしてボクがこのお城のことを知っていることになっちゃってるのさ。
「アヤメェ……何度も繰り返すようだけど、ボクは君の言うお城には……」
「いえいえ! ご幼少の頃は一時王宮に住まわれてましたし、その後も何度かは式典などでお戻りになっておられたのも事実で……」
「だから、そんな記憶は無いって!」
「ええ、ですから一時的な封印解除が施された関係上、その時の記憶も隔離されていた訳なのですが……まだ記憶がお戻りになってませんです? 姫様」
「だからさぁ……」
何度も聞かされていることだけど身に覚えはない。
「二人とも何を話しているの? まるで話が見えないのだけど」
「あ、いや何でもない津島さん!」
訝しげな表情を見せる三人。ボクは慌てて話題をそらした。
「あはは。それにしても、さすがはお城の中だね。さっきは人っ子一人いなかったけど、この中には結構人がいるんだ!」
そうなのだ。
見るからに貴族風の人や、甲冑に身を包んだ騎士風の人、冒険者って感じの若い女性やそれに僧侶の格好をした人まで。多種多様な人たちが歩き回っている。とてもゲームっぽい。
「そだねー。プレイヤーも結構いるじゃん。賑やかなもんだー」
「いえいえ。ほとんどNPCの人ですねぇ」
……え?
「この中に混ざっているユーザーの方は一人か二人でしょうか――」
何だよそれ。マジで過疎ってる。
「――そうそう、スミマセン姫様。ワタシちょっと用事があります。申し訳ありません、少し待ってて頂けないでしょうか?」
「用事?」
「ええ。ワタシもこのゲームにログインするのかなり久しぶりでして……姫様のところにご一緒させて頂いてからはまだ一度も。ですので、ギルドメンバーの方に仁義を切らないと……」
「ギルドメンバー? 仁義? どゆこと?」
「ええっと。すっかりご無沙汰しちゃってて、ご挨拶を兼ねてゴメンナサイと」
「はあ」
これだからオンラインゲームは面倒くさくてやだ。てかアヤメ、ボッチだったって言ってたけどゲームの世界では交友関係、あったんだ……て、待てよ?
「それはそうと、こんな過疎っぷりで誰かINしているの?」
「ええ、まぁ世捨て人と言いますか、ゲーム廃人状態の方もおられるので誰かしら来ているかとは思いますので」
「ふぅん……」
「それにしても、ログインする度にいちいち挨拶しなきゃならないなんて、ゲームの世界もずいぶん堅苦しいのね」
「いえいえ、そういう訳では無いのですが。さすがにギルマスが何か月もほったらかしと言うのは、いささか心苦しいものがありまして……」
ギルマス? まさかアヤメ、ギルドのマスターなんてやってたの!? そんなの初耳だよ。
「では行って参ります! すぐに終わりますので。あ、お城の中は好きに回られて結構ですので! 終わり次第、追いかけますから!」
アヤメは早口でそう言うと、そのままテトテトと走って行ってしまった。
結局、取り残されたボクら四人は誰が言い出すでもなく歩き出した。アヤメが言い残した通り、お城の中を探索することにしたのだ。
そうは言っても、初めてやって来たこのお城で何処をどう歩いていいのか見当がつく筈も無く。適当に歩いて行き着いた先は礼拝堂だった。
祭壇とステンドグラスが嵌め込まれた高い窓。白い無垢な壁にドーム状の天井も見上げるほど高く、そんな全体の雰囲気から伝わってくる厳かさに気を取られていた時のこと。
「あら? 珍しいお客さん」
まるで透き通るような、とても澄んだ女の人の声。その声の方へ振り向いた瞬間、ボクの目はその少女の姿に釘付けとなった。
誰もいないとばかり思っていたところに声をかけられ、不意を突かれだけではない。
それは、そこにいるはずの無い人物だった。
その姿に衝撃を受けたのはボクだけではなかったようだ。立ち尽くすボクの横では、声に詰まった様子の津島さんの息遣い。そして口の中で声にならない小さな悲鳴を上げる香純ちゃん。
一呼吸置いて、浅見さんが絞り出すように言った。
「う、嘘……美彌子っちがもう一人……」




