[85]そうだ、ゲームの世界に行こう!
どうやら勘違いして男モードのボクに恋心を抱いてしまった様子の津島さん。そんな津島さんの一途な心を解きほぐすには、ゲームが良いんでないかとアヤメは言う。
「ゲームって、どういうこと?」
「はい、言葉通りのゲームです。あ! そうは言っても、囲碁や将棋で語り合おうっていう訳じゃありませんよ? 念のため」
「ええっと……アヤメが言いたいのは、いつもボクらがやっているゲーム機なんかでやる普通のゲームってこと?」
「まあ、概ねそんなところでしょうか?」
インドア派のボクとアヤメはゲームという共通の趣味を持っている。家ではアヤメとやるのがほぼ日課となっていたし、しかもアヤメのゲームに対するこだわりは中々のものだ。
だけど津島さんとゲーム、どう結びつくの? ――思わず抱いたそんな疑問を察したのだろう、アヤメはいつもよりドヤ顔度20%増しって感じの表情で語り出した。
「ですが、いつも姫様とやっている類のゲームではなくて……例えてみますと、イワユル『乙女ゲー』というヤツで近いですかねぇ?」
「あー、そーゆーことー」
横から相槌を打つ浅見さん。乙女ゲーム? もちろんその存在は知っているけど実際のところ、ボクにとっては未知の存在。何となく知っているつもりでも、実際のところかなりあやふやだ。まるで見えてこない。
「うーん、良く分かんない。ねえ、香純ちゃん? やったことある? 乙女ゲーって」
困ったときには香純ちゃん。女の子達のハイレベルな話題に取り残された時、ボクは彼女に話を振る。そんな時、決まって彼女は、ほんわかおっとりした口調で一緒に悩んでくれるのだ。
「はいー……スマホで少しだけですがぁ……」
「つまりアレでしょ? 恋愛ゲームの一ジャンルというか。主人公になりきってイケメン君と恋愛シチュエーションを楽しむってやつだよね?」
「はいですぅ」
「そういうことになりますね!」
「でもさ、アヤメ? それを津島さんにやらせるって……そんなんで解決になるのかなぁ」
「さっきワタシ、『例えば』と言いましたよ、姫様? 別にこちらの世界の乙女ゲーを津島さんにご紹介差し上げようという訳ではありません! むしろ、そんなことをしては余計に拗らせてしまう可能性があります!」
「まあ確かに」
腐女子化した津島さんのビジュアルが脳裏に浮かんできた。しかもやけにリアルな感じで。
聞いたことがある。モテモテのはずのハイスペック系女子が、尻込みする周りの男と、美人だからって余裕をぶっこいた自ら招いた行状というダブルコンボのツケで行き遅れてしまい、暗黒の腐海に堕ちてしまうという恐ろしい話。
瞼の裏では、行き遅れた妙齢の津島さんがゲームのコントローラーを片手に、腐海の森の最深部からこっちを見つめていた。寂しげにも、満たされたようにも見える、不思議な表情でニッコリ微笑みながら。そんなボクの耳に相変わらず能天気なアヤメの声が押し入ってくる。
「そこでバーチャルですよ奥さん! 津島さんはリアルでは殿方との接し方が分からず尻込みしてしまう! ということですよね?」
アヤメに促されるようにして浅見さんがごにょごにょと答える。
「ま、まー、そんなとこかなー」
「ですが、バーチャルな世界でならその辺りのハードルはぐっと下がるという訳です!」
バーチャル?
「メリットはそれだけではないです! 時に浅見さん?」
「何? アヤちゃん」
「浅見さんとしては、津島さんが本当に殿方と恋に落ちてイチャイチャし始めちゃったらどう思います? かなり辛いというか、クルものがあるのではないでしょうか?」
「ま、まあ……うーん、確かにそうかもねー」
再びごにょごにょと浅見さん。
「ですがバーチャルなら安心安全! 所詮はバーチャルですから! 所詮はゲームですから! リアルじゃないですから! あ、姫様! いっそのこと津島さんとブチューとやっちゃいます? バーチャルの世界でなら許します!」
「はい?」
アヤメのやつ、さっきから何を言っている?
「ねえ、アヤメ?」
「何でしょう姫様!」
「さっきからバーチャルがどうのって言ってるけどさ?」
「はい!」
何となく想像はつく。要するに仮想空間の世界で適当に恋愛経験を積ませてしまおうってわけだ。そんでもって意味不明な恋の盲目時代をとっとと終わらせて、平常運転の津島さんに戻してしまおうってことでしょ?
確かに悪く無いアイディアかもしれない。その前提条件にいくつか危ういものがあることに目を瞑れば、だけど。
「そのバーチャルとやらはどこから持ってくるの?」
そりゃ確かに、ゲームの最新トレンドはバーチャルリアリティーだ。ゴーグルを使うようなゲームもいくつかリリースされてるし、もう少し安くなったら買っちゃおうかなー、なんて思ってたり。だけどアヤメが言ってるのはそういうのじゃないだろう。
もっとリアルな、要はアニメとか小説に出てくるような、仮想と現実の区別がつかないような超リアルなVRってことだよね? でもそんなもん、現実の世界のどこにあるんだよ。たぶんNASAにだって無いだろう。
だけどアヤメの答えは、ボクの疑念をあっけなく覆すと同時に、あまりにも単純明快なモノだった。
「決まってます! 以前お話したことがありますよね? こちらの世界ではなく、ワタシ達の世界で楽しまれているVRゲームのことです!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後。白梅会の小部屋に集まったボクらは、鼻息荒く解説するアヤメを取り囲んでいた。
「――いわゆる『フルダイブ型』のVRゲームですね! 五感を揺さぶる臨場感! リアルでは決して得ることのできないエキストリームな体験の数々! リアルを超越したバーチャル! 最新の科学技術とエンターテインメントの融合! 新世界への船出と古き良き時代への邂逅! 感動の嵐が渦巻くこと請け合いです!」
「で、そのゲームって?」
「よくぞ聞いてくださいました津島さん! その栄えあるタイトルはズバリ『スキャッター・アンド・ギャザー・オンライン』! 王国民なら誰でも知っている、かつての超人気タイトルです」
スキャッター・アンド・ギャザーって……何故に英語? アヤメの母国、地球とは遠く離れた異世界だよね? 使ってる言語は全然別物だよね?
「あ、皆さん!? どうして英語のタイトル? って顔をされてますね!」
はいはい。こういう反応が来るって分かってワザとやってるのね。
「まあアレです! ワタシ達の世界でも、こちらの世界風のタイトルを付けるのが流行った時期があるのです! 何しろ国王陛下や王妃殿下、そして他でもない、敬愛なる王女殿下が暮らす異邦の地ですから、とっても憧れな訳なのです! まー例えてみれば、こちらの世界で言うところのオリエンタル文化への憧れとか、それに似た感情でしょうか」
一気にまくし立てたアヤメは、香純ちゃんが入れてくれた紅茶に唇をつけ喉を潤す。その隙に問いかけたのは津島さんだった。
「つまり、そのゲームに私たちを招待してくれるっていうこと?」
「はい! あ、ちなみにですが、正確には『スキャッター・アンド・ギャザー・オンライン ライトエディション』ですね」
ライトエディションって部分まで英語かよ。津島さんの顔が気持ちこわばる。
「ライトエディション? ……つまり他にもあるってこと?」
「その通りです! 『プロエディション』に『フルエディション』、あと『アルティメットエディション』なんてのもあります!」
一気に増大する胡散臭さ。津島さんに代わり今度はボクが訊ねる。
「フルダイブって簡単に言うけど、どんな技術を使ってるの? 想像もつかないんだけど」
「ちっちっちっ、我が王国の科学力を甘く見ないでください姫様!」
自信満々のアヤメ。彼女は立ち上がると、白梅会の小部屋に所狭しと並べられた巨大な装置の間へと歩み寄る。今回のために彼女が持ち込んできだ機材一式だ。
一体どうやってこんな巨大なモノを持ち込んだのかは謎に包まれているけど!
「どうせあれでしょ? ヘッドギアみたいなのを頭に装着して、脳波をコントロールするとか、どうせそんなところだよね。捻りも何もないなぁ」
海外国内問わず有名どころのSF作品や、SF設定が凄い的評判のコミックやライトノベルには一通り目を通しているライトなSFマニアのボクとしては、何とかギアを頭に装着してゲームの世界に完全没入ってのはあまりにありきたり過ぎて、逆に『ホントにそんな都合良く行くものなの?』と思わず突っ込みたくなってしまう。
……これって一種のビョーキかなぁ。
そんなボクの自問自答を知ってか知らずか、アヤメは妙に大きいアタッシュケースを手に戻ってくる。彼女はガチャリとケースのロックを外すと神妙な声で言った。
「ではこれから処置を始めます……皆様! 服を脱いでください。あ、下着もです」
――は?
アタッシュケースを覗き込むとメスやら鉗子やら外科手術道具一式。冷たい光を放つそんな道具に交じり、バールのようなものとか、ノコギリとか、おまけに電気ドリルなどという訳の分からないものまで入っている。
「おいアヤメ! 何だこれは!?」
「はい! 見ての通り外科的処置に必要な道具一式ですね! えっと……姫様から先にやっちゃいます?」
「おいこら!」
粛々と白衣を羽織りゴム手袋をキュッとやり始めたアヤメは、さながらドクター・キ〇コか天〇博士か。彼女はアタッシュケースに備え付けられていたマニュアルらしき物を読み上げる。
「なになに……えっと、なるほど……こうやって脳髄から神経を引っ張り出してシステムと接続するわけですね。ふむふむ、これをこうやって……」
「止めてください頼むから!」
「あああっ、姫様何を!?」
ボクはアヤメからアタッシュケースを取り上げる。何を考えているんだ。
「どうして外科手術になるんだよ!」
「はいライトエディションですから」
意味不明だ。どこがライトエディションなんだよ!?
そんなボクとアヤメのやり取りをよそに、取り上げたアタッシュケースを囲み興味深そうに覗き込む香純ちゃん達。
「あのー、このチューブは何ですかぁ?」
「あ、それは尿道カテーテルですね!」
「……は?」
「ですからホラ! おしっこのところにブチューって刺すヤツです!」
「…………」
「いやぁ、何しろフルダイブですから! ゲーム中にその……まあイワユル『粗相』しないための装備品ですね! って……イヤだ恥ずかしい! そんなこと言わせないでください姫様!」
「…………」
「そうそう、プレイ前には下剤を飲んでお腹の中を空っぽにしなければならないんでしたっけ! ええっと……ありゃ、下剤を飲むのは最低三時間前でしたか。コリャ失敗!」
「アヤメぇぇぇ……」
「そうそう、栄養補給はこの点滴から行いますので心配なさらずとも!」
「違ぁーーーう!!」
一体何なんだ、このゲーム。
神よ、このネタに手を突っ込んでしまった作者をお許しください…。




