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[84]相変わらず津島さんの様子がおかしい

「あ、津島さん。おはよう」

「あら、果無さんに紫野さんじゃないの。奇遇ね? ごきげんよう、今日も良いお天気ですわ……ララララ~、今日も、私っはぁ、元気よぉ~」

「――は?」


 朝の学校。階段の踊り場で出会った津島さんはとても変だった。


 いや……津島さんが変なのはいつものことだけど、その『変』さのベクトルがちょっと違う。思わず顔を見合わせるボクとアヤメ。


「オハヨウゴザイマスです津島さん! いつもに増してニコニコですね!」

「あらやだー、紫野さん! そんなこと無いですわ。フフフフ~」


 鼻歌と共にクルクルと回り出す津島さん。明らかに変だ。全校生徒からの尊敬の念を集めて止まないヒメサユリの君、その物静かで高貴ささえ漂う人物の言動とはとても思えない。


「ああ~世界が輝いて見える~♪ 回って見えるぅ~♪」

「ちょ、津島さん!? 危ない、階段から足を踏み外すって」

「そんなヘマはしないわよー。何たって私は~ルルル~ きゃっ!?」


 ドタドタドタドタ……ばたーん。


 お約束通り足を踏み外し盛大な音と共に転げ落ちていく。だから言わんこっちゃない……とゆーか……。


「大丈夫っ!? 津島さん!」


 完全に下まで落ちてしまい大の字にノビている津島さん。スカートは盛大にめくれパンツが丸見えのあられの無い姿。


 コンニチハしているのは恐竜がプリントされたパンツ。微妙にデフォルメされたヴェロキラプトルらしき恐竜が、これまた微妙に鳥っぽいつぶらな瞳でこっちを見ている。不気味の谷のチョッチ向こう側。


 深窓の令嬢を絵に描いたような美少女、黒髪ロングも麗しい“ヒメサユリの君”のイメージとは明らかに対極に位置する代物だった。


 てか、そんなものが世の中に存在すること自体がちょっとした驚きとも言える。いやいや、普通、女子高生がそんなパンツはくのかよ。そもそもどうやって手に入れたのだろう……マニアックというか意味不明な代物……どこで売ってるの?


 津島さんの新たな不思議を見つけたような気がした、そんな青春の一コマ……。


 いやいや、そんな感傷に浸っている余裕はない。慌てて駆け寄るボクとアヤメ。


「あいたたた……階段から落ちると痛いのね……」

「当たり前だよ! ケガはない? 手を貸そっか?」

「え、ええ。大丈夫よ! 何のこれしき! 恋する少女は強いのよ!!」

「……は?」


 うん。やはりどこか故障している。


 ギクシャクと立ち上がる津島さん。ボクとアヤメはそんな彼女の制服をパンパンとはたき埃を払うのを手伝う。


「二人ともありがとう! さあ、そろそろ教室に行かないと。それでは今日も放課後、よろしくお願いするわね! ルンルンルン~」


 そう言い残すとスキップで去って行った。


「……ねえ、アヤメ」

「何でしょう姫様!」

「このまま行かせて良かったのかな?」

「うーん……ですが、ワタシ達に何ができるのでしょう?」

「それもそうだね」


 すれ違う生徒に愛想を振り撒きながらスキップする津島さんの後姿を、ボクらはじっと見つめることしかできなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――はぁ……そんなことがあったのですかぁ……」


 その日の昼休み。例によってボクらは香純ちゃんと一緒に校舎裏の木陰でお弁当を食べていた。

 津島さんとは魔法少女仲間の香純ちゃんだから、何か知っているかと思ったけれど、どうもそんな雰囲気ではない。


「でも……確かに今週に入ってから、少し変なような気はしますぅ」

「でしょ?」

「実は、私の方がお二人にお訊ねしようと思っていたところなんですぅ」

「え? 何で」

「てっきり、美彌子さん達と何かあったのだと思ってましたからぁ……」

「は?」


 どゆこと?

 そんな疑問がボクの顔に浮かんでいたのだろう、香純ちゃんは言葉を続けた。


「この間の祝賀パーティー……津島さんが変になったの、それからですぅ」

「そっか。そういやそうだったっけ?」

「そうですぅ……私だけ仲間はずれで、つまんないですぅ……何があったのか、教えてください」


 出てきたのは、香純ちゃんの抗議の言葉だった。


 そうだった。あの日、ボクらは香純ちゃんだけを誘わなかった。

 もちろん理由はある。大人しい箱入り娘の香純ちゃんを夜中に引っ張り出すのには抵抗があったし、何よりもボクの本来の姿――男モードの自分をまだ知られたくなかったから。


 そう、香純ちゃんはこのことをまだ知らない。秘密にする理由も――たぶん無いのだろう。だけど、このことが香純ちゃんの関係に何か良からぬ影響を与える――それが怖かった。だからボク自身の心の整理がつくまで、彼女には内緒にしておくよう、アヤメと浅見さんにお願いしていた。


「ごめん香純ちゃん! 別に仲間外れにするつもりじゃなかったんだ」

「ドレス姿の美彌子さんと津島さん、見たかったですぅ……」

「いや、あの……あはは……」


 まさか香純ちゃんは、ボクがタキシードを着ていたなんて夢にも思ってないだろう。

 そんなことを漠然と考えていた時。後ろから聞き慣れた声が。


「深央のドレス姿、素敵だったよー! それに美彌子っちとのデュオも良かったしさー、ね? 美彌子っち!」

「あ、浅見さん!?」

「よっ!」


 突然現れたのは浅見さんだった。

 彼女は香純ちゃんの隣に腰掛けると、彼女のお弁当箱から揚げ物を一つ摘み上げ、ポンと口に放り込む。


「あぁ……浅見さんひどいですぅ」

「あはは! おいひいねー、これー」

「それとデュオって何ですかぁ……気になりますぅ。教えてください」

「いやあ、香純にも見せてあげたかったよー」

「見たいですぅ!」

「こんなところに来るなんて珍しいね、浅見さん」

「まーねー。ところで美彌子っち、ちょっと相談があるんだけど」

「何?」


 口をモゴつかせながら語る浅見さんの相談の内容は、半分はさっきまでの香純ちゃんとの会話へと続くものであり、残り半分はまるで思いもよらないものだった。


「あのさ。深央、元気になったよねー」

「うん、そうだね」

「美彌子っちのおかげだわー、サンキューね」

「あ……いえ、どうもいたしまして」


 まあ、別に何をどうしたという訳じゃないけど。そんな後ろめたさもあったせいだろうか、ボクは茶化すように聞いた。


「それで津島さんの男嫌いも少しは良くなった感じ?」

「それがさー。実はそのことなんだよねー、相談って」


 浅見さんは空を見上げて、ため息をつくように語り始めた。


「相当楽しかったみたい。でねー、あの子、ちょっと変だったでしょ?」

「そ、そうだね。やっぱりそうだよね」

「……どうやら乙女回路にスイッチが入っちゃったみたいなのよ」

「は?」


 乙女回路って? いや、待てよ……それって、まさか!?

 浅見さんの一言にボクは思わず体を硬直させる。彼女は何を思ったか懐からノートを取り出すと、それをボクに向かって突き出す。


 例の、津島さんの創作ノートだった。またぞろ魔法を使ってちょろまかしたのだろう。


 ボクはそれを受け取りパラパラとめくり出すと――


スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ


 書き込みのある最後の辺り。ページ一面を覆い尽くす『スキ』の文字。それは狂気を感じさせるものだった。しかもそれだけじゃない。


 無数のスキに囲まれてイラストが。


 それは再び、凶器を携えた二つの人物。しかも前回とは違い、二人ともその凶悪なディテールのブツを構え、今まさに血で血を洗う抗争を始めようかという構図。


 さらにそれは身体の半分以上はあろうかという巨大な凶器。一体全体、津島さんの心の闇はどこまで深いのだろう。


「うげぇ……この間のイラストもかなりエグイ描写だったけど、これまたノワールチックな。武器を使ってどんなバトルをおっぱじめようって言うの!?」

「違う違う、よく見てみなよー、美彌子っち」

「え?」

「ほら! 二人でギターを構えながら歌った時の絵でしょ?」

「……あ!」


 そう言えば……そう見えないことも無いかも。うん、黒髪の方が構えてるギターは言われてみればストラト(ストラトキャスター)っぽくも見えるし、もう一人が持っているのは確かにフライングVっぽい。


「嘘だろ……これって」


 顔を上げ、おずおずと伺うボクの視線に浅見さんは答える。


「そうだよー。もー、深央ったら恥ずかしいなぁ。こんなのふつー、小学生くらいで通る道よー? 高校生にもなって何やってるんだー」

「へ? 小学生? 通る道?」

「ああっ、美彌子っちったら鈍感! 見てわかんないー? 完全に恋する乙女の落書きよ!」

「げ……そんな馬鹿な……冗談でしょ?」

「何言ってるのよー。ほら、深央ったら恋愛(そっち)方面はからっきし駄目だったでしょ? こりゃ、拗らせるわよー」

「まさか……ひょっとして……まじ……で?」

「どう責任取っちゃうー、美彌子っちー? あの子きっと、一途よぉ」

「ちょっと!? そんな目で見ないでよ浅見さん! あれは物の勢いというか、成り行きというか……」


 想定外の事態にひたすらオロオロするボクだった。そんなボクを見て浅見さんはカラカラと笑い出す。


「いやいやー、冗談だってー。真に受けないでよー。ホント面白よー、美彌子っちったらー」

「もう、勘弁してよ……」

「まー、でも誰かさんにハートをガッチリ掴まれちゃったのは確かみたいだよー。ホント、マジちょろいわー」


 ってそれ……やばいんじゃない? てか、ヤバすぎる。女の子に言い寄られた経験なんて無いボクの脳内には、ひたすら釈明の言葉が行き交う。その中から適当なのを一つピックアップして――。


「ほらほら、でもさ? 男の子に免疫ができたと思えばイイんじゃない? 浅見さんもそれを心配してたじゃないか! メデタシメデタシだよ」


 しかし世の中、そんな都合良くはできていないみたいで。


「むしろ逆。深央ったらますます意識して、今まで以上に男の子を遠ざけるようになっちゃったみたい。視界に男が入る度、熱暴走しちゃうのよー。街中を歩くだけでジグザグに動いて逃げ回ってるのよ?」

「ええっと……」

「もう、外を出歩くなんて無理って感じー。こりゃ普通の社会生活は無理だわー」


 わざとらしく肩をすくめて見せる浅見さん。思わず目をそらすと、今度はジト目でじっとこちらを見つめるアヤメの姿が。


「姫さまー、一体どういうことですぅ? そう言えばまだ教えてもらってませんでした! ワタシが見ていない間、何があったんですかぁぁぁっ!?」

「あ、いや、その……そうだ! で、浅見さん! こんな時どうすりゃいいんだよ!?」

「私に聞くなよー」

「女の子だろ!? 小学生の時に通った道なんだろ? なら解決策ぐらい知ってるでしょ!」

「無理無理。私だってそっち方面は疎いって言ったじゃんー。色恋沙汰は苦手なんだよー。何しろ私、深央一筋だったんだからさー」

「……え?」


 今、さらっとトンでもないことを口にしたような。


 ……いやいや、それは一旦置いといて。こんな時どうすれば……ボクの視線はアヤメの方へと吸い寄せられる。


「アヤメぇぇぇ……どうすりゃいいんだよぉ……」

「え? はい? ワタシ?」

「こんな時の対処法だよ!」

「あの姫様、思いっきり誤魔化そうとしていません?」

「そうなんだけどさ。頼むよォ、アヤメ」

「むぬぅ……姫様にそう言われると弱いです……」

「お願いします! ボクの親愛なるアヤメ様!」

「……そ、そうですねぇ」


 唇に手をやり視線を泳がせるアヤメ。うん、真剣に考えている時の仕草だ――こんな時のアヤメは頼りになる答えを見つけてくれる――はず。


「何かいいアイディアがあるんだね!?」

「はぁ……有りがちな意見で正直、ワタシとしては披露を躊躇するところではあるのですが……」

「ああっ、もったいぶらないでよ!」

「ゴホン……では。このような場合……つまり恋愛とかそういった感情を伴う事象の場合ですね、まあ、イワユル『代償行為』というモノに頼る選択するのが賢明ではないかと」

「は?」

「まーアレですねぇ。溢れる想いを代替となる行為で発散させてしまうのです!」

「は……はぁ」


 さっぱり分からん。ボクは浅見さんに話を振る。


「……分かる? 浅見さん」

「要するにアレでしょー? エッチなグッズに頼……」

「あ、浅見さんはイイから。で、アヤメ? 具体的には」

「ちょっと美彌子っち!? 話振っといて無視かよー!」


 喚きだす浅見さんを無視してボクはアヤメに視線を戻す。そんな彼女が言い出したのは意外なことだった。


「そうですね。例えばゲームとかでしょうかねぇ、一般的には」


 は? ゲーム?


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