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[プロローグ]夢の中の王女殿下

 ボクは時々、この夢を見る。


 悪夢――いや、悪夢というほどでも無いかもしれない。だけど居心地の悪い夢だ。


 目の前にいるのはミヤコ王女殿下。身に纏うは純白のドレス。明るめのブロンドにコバルトブルーの瞳、きらきらと輝くダイヤがちりばめられたティアラがよく似合う、スラリとした体躯の少女。


 ボクらを包み込む夢の霧。その淡い光に包まれた彼女はたおやかな笑顔を見せ、それまでキュッと結んでいだ唇を開く。


「ご機嫌、いかがかしら?」


 鈴の音のような心地よい声。調律された楽器のような完全調和、微笑みながら少し小首を傾げるその角度でさえもが美しかった。


 もう見慣れたつもりだった。それが自分だと思えるようになってきたつもりだった――けれども。


 分不相応な借り物。


 時折、ふっとそんな言葉が脳裏に浮かんでくる。美しくて、だけどあまりに薄く精巧なガラス細工。触れただけで壊れやすそうなそれを手渡された時のような、落ち着かない気分。ボクの知らない誰かの大切な宝物。


 そして彼女は、優しげな声色で残酷な言葉。


「ねえ、私の身体……居心地はどうですか?」


 小さな笑みを崩さないまま彼女は続ける。


「――どうしたの? 何故黙っているの? 何か言って? ねえ、私のフリをして……どんな気分?」


 違う……違うよ。別に君のフリをする積もりなんて無い。ただ、みんながボクのことを王女殿下……ミヤコ王女殿下って言うんだ。


「――いつ、返してくれるの? それにあなた、まるで王女らしくないのだもの」


 そんな悲しそうな顔をしないで。


「――そうやって私から何もかも奪ってしまうのね……そうでしょ? エーデルワイスの君……いえ、果無 都、君?」


 止めてくれ! 違う! 違うんだ! 彼女は俯いたまま、涙をぽろぽろと流したまま踵を返す。ああ、そんな悲しそうに去って行かないで……頼む、頼むから……心が痛んで仕方がないの……お願いだから。


 夢だと分かっている……分かっているけど。ねえ、行かないで!


「……姫……様……?」


 遠くから消え入りそうな声。


 どうすればいいんだよ! もう少し、うまくやればいいの? ミヤコ王女殿下をもっと良く演じればいいの? それとも、この姿を返せばいいの? でも、どうやって返せばいいのかさえ、わからないんだ――そう叫びたい。だけど声が出ない。必死に言葉を紡ぎ出そうとするけど、出てくるのは虚ろな吐息だけ。それでも何とか声を出そうと喘ぐボクはもう一度、思い切り声を張り上げる。


「君はボクじゃないの!?」



 その声にボクは目を覚ました。どうやら、本当に声を上げてしまったらしい。泣いていたせいか、頭の奥がジンジンする。


「姫様……どうされました?」


 耳元で小さな声。視線を動かすと、目の前に心配そうな顔をしたアヤメがいた。


「ずっとうなされてました……大丈夫ですか?」

「う、うん」


 カーテン越しに注ぎこんでくる柔らかな朝陽。もう夜は明けたらしい。ボクの声に彼女は少しほっとしたような表情となり、穏やかな声で尋ねた。


「ひょっとして、あの夢ですか?」

「ん……うん」

「そうですか……」


 アヤメには嘘を付けない。そのまま黙りこくったアヤメは、何を思ったか額をこつんと押し付けてきた。額に感じる彼女の体温。そのまま彼女は言う。


「……姫様は姫様です。他の誰でもありませんよ? 姫様ったら、慎まし過ぎるのです。だからそのような夢を見るのです。姫様は紛うこと無き王国の姫殿下なのですから、もっとどんと構えていればいいのです」


 アヤメはそう言って慰めてくれる。だけどそんな突拍子の無い設定、いきなり押し付けられてハイそうですかなんて。


「うん……でも」


 反論しかけるけれど。


「――いや、そうだね。ありがとう」


 漠然とした不安も、言葉も、すっかり溶けて形を失ってしまった。彼女と一緒にいられれば、それだけで十分なような気がして。ボクを悩ませるこの状況シチュエーションを運んできたのは、物憂げな表情を見せているこの黒髪の少女自身なのに。


「少し落ち着かれましたか、姫様? さあ、そろそろ支度をしましょう。今日も学校です。もう、目の周りを真っ赤に腫らしてしまって……シャワーでも浴びましょうか? 気分がすっきりしますよ」


 そのまま起き上がると、ニコリと笑い手を伸ばすアヤメ。つややかな黒髪が朝陽を受けて輝く。薄手のスリープウェア。握り返す柔らかい手。そんなアヤメが切ないくらいに愛おしくて……って。


「ぐふふ……姫様、かわいいです!」

「え?」


 おい! いきなりどうした、急に獲物にロックオンした猛禽類の目は!?


「じゅるじゅる……あ、イケナイよだれが。早朝から姫様とイチャイチャ☆シャワータイムです! やりました!」

「おいこら! 一緒に入るとは言ってない!」

「えー……一緒に入りましょうよぅ、ねえ、姫様ー?」



 ――ミヤコ王女殿下という存在を本当の意味で意識したのは、こんな朝で始まったある日のことだった。


はい後編突入します。いきなり意味不明な導入部ですが、そこは本作のお約束ということでご了承をば。

さて。前篇に引き続き後篇もいわゆる『なろうテンプレ』をコメディスタイルで中途半端にパロってしまおうかと目論んでいます。しかも“あの”超定番テーマ。

そこで切なるお願い。遂にそのテーマに手を染めてしまう作者を「お前もか…見損なったぜ」と見限らないでくださいませ。世間様に背を向けてというスタイルは変わっておりません。


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