[エピローグ]国王陛下を連れ戻しに
「あ! ミヤコ、いたいた。何処ほっつき歩いていたのよー?」
「あれ、母さん?」
浅見さんと別れ、それとない様子で洋館の庭園を歩いていた時のこと。もちろん、男モードの時のタキシードは脱ぎ捨てて、目立たないよう怪しまれないよう、アヤメが用意していてくれた白梅女学院の制服に着替えていた。
ボクを呼び止めた母さんは立ち話に勤しんでいる最中だった。ショールを肩にかけた母さんは、絹の手袋越しにこっちこっちと手招きをする。
「どうしたの? あれ……父さんは?」
「それがねぇ」
言い淀む母さんとこちらに注目するオバサン達……いえいえ、セレブな奥様方。『まあ可愛らしい』とか『母上に似てお美しい』とか、心にもないであろうお世辞を口々に乗せるナイトドレスの奥方達に愛想笑いを返しつつ、少し困った様子の母さんに視線を向けると、いつもより化粧10割増しといった感じの母上は、ちょっと困ったような顔で口を開いた。
「父さんったら、すっかり酔っぱらっちゃってねぇ。しかも津島会長とすっかり意気投合しちゃったみたいで、ぎゃあぎゃあ騒ぎっ放しなのよ」
「津島会長と……って?」
「もちろんパーティー主催者の津島会長よ」
「げ」
何やってるんだ、放蕩親父。
「どうにもならないから、黙って置いてきちゃったのよ……ミヤコ、悪いんだけど連れ戻してきてくれる? もうすぐタクシーが来ちゃうのよ」
「ええ!? 母さんが連れ戻してくればいいじゃないか」
「だめなのよ。今、手が離せないし、それに私が行ってもどうせ、けんもほろろに決まっているわ」
手が離せないって……おしゃべりに夢中なだけじゃないか。
「無理無理! 母さんでダメなのに、ボクが行ったってますます相手にされないよ!」
「そんなこと無いわよ。かわいい娘の言うことなんだもの」
「ええー……」
「ね?」
とりあえずゴネてみたけど、年甲斐なくカワイらしい声を出す母さんの瞳には、有無を言わせないという意志の光が漲っていた。どうやらボクに拒否権は無いらしい。
「はあ……」
ワザとらしくため息をつき、ボクは肩をすくめて母さんに背を向けた。再び始まる世間話。アヤメの手を取り、自分に言い聞かせるつもりでボクは言った。
「……仕方がない。じゃあ行こうか、アヤメ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
津島会長。つまり津島さんの御祖父さん。
津島グループ総帥にして地元の名士でもあるその人は、さすがその座に上り詰め采配を振るうだけの人物なのだろう、それに相応しい威厳と貫禄に満ちていた。古風な和服でビシッと決めた老紳士。パーティーの間一時の隙も見せず、そのかくしゃくとした佇まいと相まって只者じゃないオーラを放っていたのが印象深かった。
だが今この目の前にいる津島会長――父さんと肩を組み、酒臭い息を吐き顔を真っ赤にし、二人して大声で訳の分からないことを喚いているこの爺さんは、ただの酔っぱらいのジジイだった。
「ガハハハッ! そちらさんもそう思いますかいの!」
「グワッハッハッ! さすがは津島会長! 気が合いますなぁ!」
「若者は若者らしく向こう見ずでなければならぬ!」
「いかにも! その気概が必要ですな!」
「ガハハハッ」
「グワッハッハッ」
どちらもやたら声が大きい。まるで競うように笑い声を上げると、何が可笑しいのかお互いに相手の身体をポンポンと叩き出す。気持ち悪いったらありゃしない。
こんな大人には絶対にならないぞと心に決めながら、ボクはおずおずとそんな二人の方へと近付いた。
「ねえ、父さん」
「おう、ミヤコか!」
「おおお! これは驚いた……誰ですこのお美しいレディは!?」
「ガハハハッ! 私の娘ですよ! これ、ミヤコ。挨拶なさい、アヤメちゃんも」
ボクとアヤメは顔を見合わせながらも、たどたどしくお辞儀する。
「お二人ともなんとお綺麗な! 絵画から飛び出してきたような別嬪さんじゃ。思わず目が釘付けとなる程の美貌ですな! この美しさの前には古の女神達でさえも霞んでしまうというもの……いや、年甲斐もなくときめいてしまいましたぞ! 羨ましい限りじゃのう」
「またまた津島会長! 会長のお孫様もめっぽう美人でいらっしゃるではないですか! ビックリしましたぞ! 先程の晩餐会で一目見た瞬間、この世のものとは思えぬ美しさにはっと息を飲みましたわ!」
「そう思うかの? 自慢の孫じゃ、ほっほっほっ」
「いやしかし、娘を持つというのもいい事ばかりでは無いですな! 本当に悩みは尽きず困ったものですわ」
「そうじゃのう……そうなのじゃよ……うるうるうる……」
ボクらの見ている前で、津島会長はいきなり泣き出た。
皺くちゃの目じりからホロホロと流れ出す大粒の涙。今さっきまで馬鹿笑いしていたのが嘘みたいだ。年寄りは涙もろいと言うけれどちょっと極端すぎる。
その前触れのない急変ぶりに面食らったボクは思わず尋ねていた。
「どうしたの?」
和服の袖をさめざめと濡らす老人の代わりに答えたのは父さんだった。
「いやあ……どうもな。実は津島会長、孫娘のことで心を痛めてたみたいなのよ」
「深央のやつ、ああ見えてひどく奥手でのう……」
と、いきなり涙ながらに語りだす津島会長。ボクの中ではこの時すでに、この人の中に感じていた威厳も何も吹っ飛んでしまっていた。
「……わしとしても、あやつに幸せになってほしい……ああ男嫌いでは行き遅れてしまわぬかと、居ても立ってもいられなかったのじゃよ。そう思い結婚相手を決めておいたのじゃが、どうも先走りすぎた様での……」
「は、はあ……」
それって千隼さんのこと? それで小学生の時に許婚ですか……いくら何でもせっかち過ぎるでしょう?
「それでな。色々とあって、先方からこの話無かったことにしてくれって、話そのものがご破算になっちまったのよ。ああこれ、津島会長から聞いた話な。それにしても、決まっていたはずの婚約が解消だなんて、こいつぁ堪えるよなぁ……」
「不憫な娘じゃ……」
「そんでな。このパーティーなんだけどよ、実は祝賀会にかこつけて次のお相手候補を見つけるって腹積もりだったらしいのよ」
はい、知ってます。そしてゴメンナサイ。思いっきり邪魔しました。その目論見、まんまと粉砕させていただきました。
「それにしても会長、良かったですな!」
「ふひょひょひょ……まさかこんなに早く決まるとは思わなかったわい!」
――は?
涙声から打って変わり、突然満面の笑みを浮かべる津島会長。ボクは恐る恐る声を返す。
「決まった……て、どういうこと?」
「新しい婚約相手じゃよ!」
おい、嘘だろ!? どうして? どうやって!
……ま、まさか……あの暴力野郎じゃないだろうな? ――ボクの脳裏に、あの氷より冷たい残酷そうな笑みが過る。何か裏で手を回しやがったか!?
そんなボクの焦る内心を知ってか知らずか、津島会長は言葉を続ける。
「あれほど楽しげな深央の姿、何年ぶりかのう……きらきらと輝いておった。まさにお似合いのカップルじゃわい!」
「ですな! ガハハハッ!」
「それにしてもやりおるわ! 祝賀パーティーを乗っ取りロックンロールにしてしまうとは! その心意気、ロックじゃ! 我が孫娘の相手にふさわしい!」
「ガハハハッ! そりゃそうよ、俺のロック魂をしっかりと受け継いでいるってな!」
「わしの孫娘を頼みましたぞ! カテナシ殿!」
「果無です」
「ハデナシ殿!」
「果無、です!」
「バテナシ殿!」
「は・て・な・し、です!」
「グワッハッハッ!」
「ガハハハッ!」
「いやあ、目出度い! 今宵の酒は旨いわい!」
「ですな! 二人の未来に乾杯!!」
再び高笑いを始め酒をあおり出す酔っ払い二人。
てか……それって……まさか……まさか、ね?
「あの……王様?」
「どうした、アヤメちゃん!」
目の前がぐるぐると回り、頭の中がこんがらかってかける言葉も出せないボクの代わりに口を開いたのは、顔面蒼白のアヤメだった。
「あ……新しい婚約相手って……あの……ひょっとして……」
「おう! いやあ、津島会長とすっかり気が合って盛り上がっている時にあの演奏だろ? あの若者は誰だって聞くもんだから、いえね俺の自慢の息子だって答えたら!」
「いや、好青年じゃ! 気に入ったぞ!」
「とんとん拍子で話がまとまっちまったのよ!」
「お……お……王様……ぁぁぁ……いくら酔っぱらってるからって、そんな約束を……ぐぬぬぬぬぬ……」
「あ、アヤメ……落ち着いて……ぐ……ぐぬぅ……」
アヤメ……ヤメテ……。
祝杯を挙げる父さんと津島会長。その二人を怨嗟の目力で睨みつけるアヤメ。行き場の無くなった彼女の両腕は何故かボクの首をギリギリと締め上げ……消えかかる意識の中、ボクの頭の中にオッサンとじいさんの高笑いが、いつまでも木霊していた。
後のことは覚えていない。
ちなみに。
もちろんその後、父さんが母さんにシバキ倒されたのは言うまでもない。合掌。
エピソード「魔法少女はくじけない(前編)」、何とかオチがつきました。お読みいただきありがとうございます。
加えまして、ブックマークを頂いた方、評価を入れていただいた方に、この場を借りてお礼申し上げます。楽しんでいただけたでしょうか?(もしそうであれば作者としても幸いです)。
さて。エピローグと言いつつエピソードは後編へと突入します。何と津島さんの恋(?)はまだまだ続く(?)のです。
それでは引き続き、よろしくお願いいたします。




