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[83]任務遂行完了……でいいのでしょうか?

 演奏の終わりはあっけないものだった。

 静寂の後、会場を割らんがばかりの拍手と喝采の嵐。


 どうやら格式高いパーティーを無茶苦茶にしたいという本来の趣旨とは大きくかけ離れ、ちょっとしたサプライズを含んだ余興としてウケてしまったらしい。


 振り向くと、顔を上気させたまま所在なく立ち尽くす津島さん。その目はうっとりと潤んでいた。だけどその瞳には、ここしばらく、ちらちらと見え隠れしていた淋しげな影はどこにもなかった。演奏の間にどこかへ落としてしまったのだろう。


 そんな津島さんの姿を見て、ひょっとしてボクはボクの役割を果たせたのかな? と、良く分からないながらも、自分を納得させられる理由を見つけられたような気がした。


 その時、虫の知らせというのだろうか。ボクの視線は窓際の方へと引き寄せられた。古い石造りの洋館らしく大きな窓。いかにも高級そうな分厚くて丈の長いカーテンが窓全体を覆い、すっかり夜も更けた外の世界を遮っている。


 だけどどうした訳か、その窓だけ、人ひとりの顔が辛うじて見えるくらい空いていた。そして誰かが、窓の向こうから額をつけるようにして、じっとこちらを見ている。


 浅見さんだった。


 彼女はしきりにアイコンタクトを送りながら、手首に指をさすジェスチャーを繰り返す。何だろう? と思案を一巡させた後、不意にボクはその理由に思い当たった。


(そっか! もう時間が無いんだ)


 腕時計を見ると既に9時を回る頃合い。時間切れまであと数分もない。そう、この姿でいられる時間も長くないどころか、ここを抜け出すだけでもギリギリだ。


「――ねえ?」

「ごめん!」


 言いかける津島さんに答える余裕も笑顔を投げかける余裕もなく、ボクはそそくさとギターからシールドを抜き放つと踵を返した。ボリュームを上げたままのギターアンプからは、ボンっという音の後にハムノイズ。


 そう――歯がゆいことに、今のボクにとってこの姿(果無都)は仮初の姿。数分後には“果無美彌子”に変わってしまう。この場にとどまる訳にはいかない。


「どうしたの? ちょっと待って! ……せめて……名前……」


 懇願するような目で手を伸ばす津島さん。かき消されそうな彼女の声を背中で聞きながら、ボクは駆け出す。少しだけ、シンデレラの気持ちがわかったような気がした――男のくせに、だけど。


(津島さんはさっき、何を言いかけたのだろう)


 ホールを埋め尽くす拍手――未だ鳴り止まず、いつの間にかアンコールに変わっていた手拍子に応えるため? それとも別のこと?


 ――走りながらボクは考える。だけど、それを聞く機会は永久に失われた。


 その後、このパーティーがどうなったのかをボクは知らない


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ちぃーす、美彌子っち! 間に合ってよかったわー」

「グルルルル……」

「はあ、何とか抜け出せたよ。あれ? アヤメ、浅見さん……何やってるの?」


 人混みをかき分け、ホールを飛び出し、通路を駆け、洋館裏手のテラスへと飛び込んだ時、ボクは女の姿に戻っていた。いやいや『戻った』なんて表現、到底納得できるものではないのだけど、ボクの置かれた現状はこれ以外の何物でもないので仕方がない。


 つまりここに来る途中、男モードは解除されてしまった訳で、着ている服はだぼだぼ、靴もユルユルで、腕まくりしながらズボンの裾を両手で引っ張り上げ、ずっこけないようにヨタヨタ走るというみっともない姿を二人に晒すこととなってしまった。


 そんなボクを待っていた二人の珍妙な絡み合いを見て、ボクは思わず目を瞬しばたいた。


 ジタバタと暴れるアヤメに、そのアヤメを羽交い絞めにする浅見さんという、とても奇妙な絵面が目の前で展開されている。面食らっているボクに気付いたのだろう、浅見さんが愛想笑いを浮かべながら事の顛末を説明してくれた。


「いやぁー、参ったよ。ほら……美彌子っちが殴られちゃったとき……アヤちゃんが猛然といきり立っちゃってさー」

「え?」

「許さないです!! あの腐れカエル共ォォォォッ!! 今すぐ踏みつぶしてくれようぞォォォ!!!」

「そのまま、ずっと荒ぶっちゃったままで……」

「あああっ!! 姫様を……ワタシの姫様を手にかけるなんて……絶対に、絶対に許さないです! 不敬です! 誇り高き我が王国に対する侮辱行為です! 宣戦布告ですッッ!!」

「……もう、ずっとこんな感じ」


 羽交い絞めにされたまま手足をバタバタと振り回すアヤメは、涙ながらにわめき続けている。


「ガルルルル……離してください浅見さん!! 近衛が近衛の仕事を全うするまでですぅっ!! 見ておれあの下賤の者共!! 我が王国の誇る最強の儀仗兵器を持って、構成分子さえ残さず消し去ってやるのですぅぅぅぅ!!!」

「あは……あははははは……」


 ボクは苦笑いのまま、浅見さんに捕まったままのアヤメへと歩み寄る。彼女、いつもは物静かな女の子なんだけど、ボクのこととなると時々見境が無くなってしまう。


「アヤメ、心配かけたね?」


 そう声をかけて、彼女をぎゅっと抱きしめた。喚くのを止め、はっと目を見開くアヤメ。


「ひ、ひめざまぁぁぁ!? ……ご無事でしたかぁぁぁ……痛くは無いですかぁ……」


 遂に彼女はボクの胸に顔をうずめ、わんわん泣き始めた。


「……ごめんなざいでずぅ……ワタシが付いていながら……ごめんなざいでずぅ……」


 泣き続けるアヤメの頭を撫でながら、ボクは浅見さんの方をうかがった。頭をポリポリと掻きながら彼女は口を開いた。


「いやー、悪かったねー美彌子っち。実はさー、あの時も千里眼でちゃんと見ていたのよー。ピンチだったから助けに行こうとしたんだけどさー、その直前、深央が助けに入ったんだよねー。だから邪魔しちゃいけないって、踏みとどまったのよー」

「あはは……そうだったの?」

「知らないっしょ? 逃げた後の深央、乙女でなかなかにいじらしかったよ? ところがさー、アヤちゃんもこんな感じになっちゃって、もう困っちゃった。それにしても……」

「も?」

「美彌子っちとアヤちゃん、本当にラブラブなんだ……。おうちでもいつもこんな感じなの?」

「え? え? いやいや、そんなことは決して……」


 呆れたような視線を向ける浅見さんに、ボクはどう答えたらいいのかわからずしどろもどろ。そんなボクにニイと気持ちの良い笑顔を手向けてから、浅見さんは言った。


「まー、でも考えようによっちゃこの方がよかったのかもねー」

「どゆこと?」

「だってー。美彌子っちと深央、凄くイイ感じだったじゃん? もしそんな所を見続けてみ? アヤちゃん、嫉妬で狂ってたわ……我を失っていた方がまだマシってねー」


 まさかそんな。とゆーか、イイ感じってどういう意味だよ。


「でも焦ったよ。浅見さんがアイコンタクトを送ってくれなければ、完全に忘れているところだった」


 あのまま男モードが解除されちゃったことを思うと背筋が冷たい。


「ぐすっ、ぐすっ……王様がちゃんとチャージしておけって仰ったのに、ちょくちょく変身しちゃった姫様が悪いんですぅ……」


 顔を上げたアヤメがボソリと言う。どうやら落ち着いてきたらしい。


「そうだったね、ごめんごめん。きちんとセーブしておけば良かった……適当に抜け出して時間稼ぎすれば大丈夫かな……って思ってたんだけど、ちょっと見通しが甘かった」

「そうですよぉぉ……」


 再びボクの胸に顔を押し付けるアヤメ。せっかくの夜会服(タキシード)が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


「で、浅見さん?」

「なにー、美彌子っち?」

「どうでしょう? 今宵のボクは上手いことやれたでしょうか?」


 痛い思いまでしたんだ、うんと言ってもらわなければ困る。

 冗談交じりに尋ねたボクに、浅見さんは思案するような顔で――いや、たぶんそれは演技だ――やがてこちらを見据えて答えた。


「うん、バッチリ! さすがは魔法の国のお姫様だわー、これで深央も千隼さんのことから解放されたと思うし、彼女自身、いい思い出になったんじゃない? あと、少しは男嫌いが治れば言うこと無しだよねー」

「はい! 悪い虫も撃退できましたし! 姫様最強!」


 力いっぱい抱きしめるアヤメ。


「あわわ、アヤメ!?」

「さー、行きましょうかー。魔法少女の使命は全うしましたー! 後は夜のとばりに紛れて魔女らしく、ほうきに乗って飛んでいきましょうかー」

「いえいえ、ワタシと姫様は魔女じゃないですし! そもそも箒になんて乗れませんし!」

「そういや待てよ……? ボクはパーティーを途中ですっぽかしたことになるのか?」

「そうですね姫様!」

「そうだろうねー、美彌子っち」

「ひょっとして、やらかした!?」


 うーん……まあ、仕方がないか。


 さあ、すっかり夜も更けた。三日月も地平線に消え、天には瞬く星々。魔女の時間だ。


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