[82]彼女のギターに跳ね馬の黄色いステッカーがあるのをボクは見た
イントロ。
津島さんは奏で始めた。ソロパートから始まるこの曲のテーマとなるフレーズ。いきなり腕前が試される導入部だ。
オリジナル曲だとこのパートはキーボード。だけど彼女はディストーションとリヴァーヴを目一杯かけたギターでその音を一つ一つ、丁寧に紡ぎ出す。
フレーズそのものは何らトリッキーさの無い、むしろ単調なゆっくりとしたメロディーライン。だからこそ正確に演奏するのは難しい。ちょっとした指使いの間違いでたどたどしく聞こえたり、つっかかったり、余計なフィンガリングノイズが乗っかったり。ましてや、これだけディストーションをかければ尚更だ。
だけど――津島さんは、本来なら暴れまわるはずのこの機材を使い、その華奢な指で、美しい情緒的な旋律を正確に奏でている。信じられないことに、ハードロックとは縁のなさそうな深窓の令嬢、津島さんの演奏は完璧だった。この指遣いだけで、この黒髪の少女が途方も無いギターテクニックを持つことが覗い知れた。
ボクには無理な演奏だった。コンプレッサーを目一杯かければ何とか聞けるようになるかもしれない。でも彼女はダイナコンプを薄くかけているだけ。こんなの、ボクにはとても真似できない。
このパートでリズム隊の楽器は入らない。津島さんの正確なリズムで演奏は進む。
3弦解放、4弦2フレット、5弦3フレット、2弦3フレット……ボクは単音でコード進行を追いかけ、津島さんのリードギターを彩る。
メロディーの四巡目。フレーズが変化。津島さんのアイコンタクト。
ボクはエフェクターのペダルを踏みピックを持ち直すと、5度/7度のコードを放つ。バックバンドの生ギターが津島さんのリードの裏を取りコード進行。コード進行はG、Em、C、D7。キーは♯一個のGメジャー、レギュラーチューニングで開放弦の響きを引き出せる、コードワークの余韻が美しいキーだ。
さらにドラムスが入り一気に華やかさが増す。ボクのディストーションギターは変化を交えた印象的なリフ。その間にも、津島さんのメロディーラインは続いた。
コードがかき鳴らされVerse1の合図。目と鼻の先にいるストラトキャスターの少女が、すうと息を吸ったのが分かった。
マイクに唇を近づけた津島さんが歌い出す。生で耳に入ってきた天使の歌声にボクは目を見開いた。まるで天空から舞い降りた翼、されど力強い声。この瞬間、彼女はこのホールを支配した。
彼女は歌いながら、伸びやかなディストーションでコードを繋ぐ。ボクのギターはそのコードが持つテーマを分解したリフを続ける。裏拍を取るリズム隊。
Verse2でウッドベースが入る。よりドラマチックになる進行。そしてアルトサックスが津島さんの唄声を追いかけ華を添える。会場全体から手拍子。あっという間に、彼女はこのホールの主人公だった。全ては彼女のためにあった。
歌姫の瑞々しい声。どこまでも伸びるハイトーン。そしてしぼり出される力強いシャウト。とても女性ボーカルとは思えない音圧がホール全体の空気を震わす。
動と静。ゆったりとした心響かせるアンサンブルが続く。
コーラス。
津島さんはボクに肩を寄せた。すぐ側に彼女の美しい顔。少し紅潮して目が潤んでいて、ボクの瞳はそんな彼女の魔法にかかり、目を逸らすことができない。
津島さんにリードされる形でボクも声を出す。バックバンドの人達も交えてのコーラス。1オクターブ上の津島さんの声がボクの全身に降りかかる。天上の歌声。会場の盛り上がりは最高潮、熱気でどうにかなりそうだった。
リズムが少し落ちる。バックバンドのリズム隊とは以心伝心、さすがプロだ。いくつかのパートが休止。津島さんの歌と、ディストーションギターが前に出る。そしてギターソロ。
泣きたくなるような美しいメロディー。彼女の指は、ギターのフレットを駆け登っていく。ジャーマンメタルのお約束、味付け代わりに軽く踏んだワウを伴いながら、ドラマチックにギターソロはその勢いを増していく。
ボクは津島さんに引っ張られる形のバッキングでコード進行。この曲のもう一つのテーマ、6弦と5弦を使ったフレーズ。アルペジオを交え、そして再びコーラス。
この時既に頭の中は真っ白で、それでいて真っ赤に熱せられた鉄のようだった。熱気に当てられ、舞い上がり、ひたすら音を紡ぎ出していた。
再びギターソロ。津島さんの指は途轍もない勢いで音を生み出していく。彼女は悪戯っぽくボクに寄りかかる。ボクは彼女の期待に応えた。情熱的な旋律を伴ったリード演奏をユニゾンで追いかける。
ツインリードギター。様式美。気付くとボクは叫んでいた。本能だけで生み出されるメロディー。
ギターソロ後半。ここでオリジナル曲はあの30フレットの音域を持つ伝説の神器、スカイギターならではの超ハイトーンのフレーズが炸裂する進行だ。そのフレーズを22フレットしか持たない一般的なソリッドギターでどう再現するのだろう――ボクは津島さんの方をチラリと見た。
それは衝撃的な演奏だった。ライトハンド奏法でフェイクを交え、ディミニッシュなコードを構成する音素を猛烈な勢いで生み出していた。オリジナルに勝るとも劣らない、ドラマチックなソロ。ボクは心を打たれつつも必死にコードを追いかける。
気が付いたらボクは津島さんの演奏と歌、その両方の虜になっていた。
お読みいただきありがとうございます。それとスミマセン。今回はアイタタタないわゆる『演奏回』です。アニメなんかでありがちなヤツですね。調子に乗ってこんな展開にしてしまいました。
さて。姫様と津島お嬢様が演奏した曲。曲名は明記していませんが、実在のものをイメージしています。
HR/HMファンの方が読者におられたら、ひょっとしたら『ああ、あれか』とピンと来るかもしれません(?)。いわゆる『ビッグ・イン・ジャパン(本国ではマイナーだけど日本で人気のある海外のバンドやミュージシャン)』の代名詞として語られる事の多い、とあるハードロックバンドの代表曲です。ヒントを本文のあちこちに散りばめておりますので、お暇な方は是非探ってみて、良ろしければ動画配信サイトなどで視聴してみて下さいませ。いい曲ですよ。
あ、そうそう。主人公とヒロインズの(あちらの世界での)本名がそのバンドのもっと直接的なヒントだったりするのです(軽くネタばらし)。
果無美彌子=ミヤコ・ハート・テナンシー
紫野菖蒲 =アヤメ・ジーノ
風見香純 =カズミ・リーノ・リトゲン
それとサブタイトル…いえ、深い意味はありません。本当は本編か番外編エピソードのネタとして考えていたのですが、かなりくだらない上、ちょっと蛇足気味なのでボツにしましたという代物です。
要約いたしますと、かつて『音速豚』と呼ばれた世界最速にして性格破綻で有名なギタリストがおりまして、そのお方のギターのトレードマークなのです。彼と同じステッカーをギターの裏にこっそり貼っているわけですね。津島お嬢様は見た目に似合わずそっち方面(いわゆるネオクラ・ピロピロ系)を密かにリスペクトしてるという小ネタです。
さて。悪ノリはこの回まで、お待たせいたしました。ぼちぼち平常運転に戻りますので次回更新をお待ちくださいませ。




