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[81]さあ、演りましょう?

「ねえ、私ばっかり……リクエストはないの?」

「あはは……いえいえ、もうちょっと大人しいのにしようよ。ここに集まってるのは一般人だよ? メタラーじゃないよ?」

「ええっ……意地悪……」


 ちょっとむすっとした表情が思いがけずかわいい津島さん。いつもは隙の無い美少女って感じだけど、アッケラカンと晒し出した時って、こんな少女っぽい笑顔になるんだ。


「クサいロックがいいのか……例えばそうだね……ちょっと古いけどスコーピオンズとか?」

「あ、いいわね! ジャーマンメタルの雄! いえ、ちょっと待って。スコーピオンズのどこが大人しいの? 十分激しいじゃない!」

「そっか……そうかなぁ……うーん、まぁ……そうだよね」

「ねえ、やるとしたら初期? 中期? 後期?」

「ボクの好みはウリ・ジョン・ロート在籍時かな……」

「いいわね! ウルリッヒとルドルフの掛け合いなんて最高!」


 まさか津島さんとメタル談義で盛り上がれるとは思っていなかった。しかも津島さんは思いがけないことを聞いてきた。


「ねえ、やってみない?」

「え?」


 彼女は本気とも冗談ともつかないことを言い出し、そして――


「ねえ、目を瞑って?」

「は? どうして」

「いいから」


 ――ボクは彼女に促されるままに。


 程なくして彼女は言った。


「はい、いいわよ」

「うん。一体どういうこと? ……って……え……ええっ!?」


 驚いたボクは思わず声を張り上げた。


 目の前の津島さんはエレキギターを手にしていた。それはクリーム色っぽい白のストラトキャスター。たぶん魔法で召喚した彼女自身の持ち物――なのだろう。確証はなかったけど、たぶんそう。

 それを得意そうに掲げる手つきだけで、彼女がこの楽器を扱い慣れているのが良く分かる。ボクの口をついて出てきたのは、無意識が紡ぐ称賛の言葉。


「へえ……ストラトキャスターか。カッコいいね」

「あら、驚かないのね?」

「ううん。さっきから驚きっぱなし。凄いなぁ……ひょっとして、ラージヘッド時代の……だよね?」

「ええ。79年モデル」


 場の勢いというのだろうか。ボクは津島さんを驚かせたいという欲求に憑りつかれたらしい。少しだけ悩んだ後、こう切り出した。


「ねえ? じゃあさ、君も少しだけ後ろを向いてくれる?」

「どうして?」

「いいから。ほら」


 津島さんに反対側を向かせると、ボクは口の中でシステム起動の符牒を紡いだ。


 ――ボクは津島さんとは違い魔法は使えない――


 だけどそれに代わる技術……というか、魔法もどき? を行使するための権限がボクには与えられていた。自分でもナンノコッチャと思うけれど。


 この魔法もどき、そもそもの経緯を紐解ひもとくと、機動歩兵とか王宮とか近衛とか王国の姫君とか、そんな訳の分からないあれやこれやがセットで付いてくる。本当に一から十まで、考えれば考えるほど意味不明だから、できるだけ考えないようにしてた。当然、トラブルに巻き込まれた時は別として自分の意志で使ったこともない。


 その魔法もどきを今、ボクは発動しようとしている。


 いわゆる物体転送術式――あちらの世界では当たり前の技術らしいのだけど、何しろシステムを起動する度に途轍もないお金がかかるということで……アヤメなんて悪ふざけでこの魔法もどきを使った後、近衛師団の上司にこっぴどく怒られたそうで彼女、始末書を何枚も書かされる羽目になって頭を抱えていたっけ。


 とにかく、アヤメが最初にこれを披露してくれた時、ボクはボクの知っている世界観がガラガラと崩れ落ちるような錯覚に襲われたのを思い出す。それをこんなことのために使っちゃっていいのかな? と、正直ドキドキというか罪悪感というか、胸の高鳴りが抑えられない――。


「はい、いいよ」

「なにを……え、ええっ!?」


 驚いた表情の津島さん。たった今、自宅の部屋から召喚したエレキギターをボクは手に握りしめていた。エフェクターボードと一緒に。


「ど、どういうこと!?」

「ボクも魔法を使えるってこと」


 ぎこちないウインクを飛ばし、ボクは茶化した。


「凄い! フライングVじゃない……しかもそれ、レアなモデルよね?」

「え? そうかな」

「そうよ! 確かマイケル・シェンカーが使っていたのと同じのよね?」

「……うん、80年代初期のやつらしい。てか、良く分かるね?」

「てへ」


 高校に合格した時、父さんからせしめた82年の白いフライングV、それがこれだ。

 津島さんは目を輝かして聞いてきた。


「ねえ、そんなの持っているくらいなのだから、プレイは出来るんでしょ?」

「うーん……まあ、嗜みくらいには」

「なら、行きましょう!」

「行くって何処へ!?」


 彼女はストラトを持つのと反対の手でボクの手を引き走り出す。その足取りはとても楽しげで、まるでステップを踏むかのように軽やかだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボクと津島さんはパーティー会場の一角にいた。さっきまでパーティーを盛り上げるためのBGMや、ちょっとした余興として行われていた舞踏会の音楽が演奏されていたステージの上。気が付くとそこに立っていたのだった。


 会場から集まる好奇の目。壇上に上がるのは主催者(ホステス役)でもある津島お嬢様。目を見張るような山吹色のドレスにエレキギター。注目を集めるなという方が無理だ。


 ボクらの周りに控えるのはジャズバンドの人達。フォーマルな服に身を包んだおっさん達が、さっきまでしていた蝶ネクタイを外し、胸元をはだけたラフな格好でボクらを見ている。


「レディース・アンド・ジェントルマン!」


 ダンディな口髭をたくわえたバンマスが高らかに声を上げる。続いて盛り上げフレーズをこれでもかと叩き込んだド派手なドラムフィル。さっきまでブラッシングを使うようなしっとりとした演奏をしていたドラマーとはまるで別人。雑談は溶けるように消え入り、否応なく招待客全員の耳目がここに集中する。


 思わず肩をすくめたボクの背中を、津島さんはストラトキャスターのヘッドで小さく小突いた。ボクは頭の片隅でここに来るまでのことを思い出し、調子に乗ってあんなことを言い出すんじゃなかったと、半ば後悔していた――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボクの手を取り駆け出した津島さん。何処へ行くのかと思ったら、その行先はステージ裏で休息を取っていたジャズバンドの人達。彼女は大胆にもつかつかと歩み寄ると、そのまま交渉を始めた。どうやら本気らしい。


 最初、首を捻りながら話を聞いていたジャズメン達だったが、みんなを驚かせたいという津島さんの熱意にほだされたのだろうか、彼らは次第に乗り気になっていった。もちろん、ボクは傍から見ているだけ。


 演目のすり合わせは、意外なことにすんなりと上手に行った。まさか、ジャズプレイヤーがハードロックなんて知らないだろうとばかり思っていたが、意外や意外。半数以上のメンバーは昔ロックをやっていたとか、あるいは今もロックバンドとの掛け持ちだったり……そんな話の内容だった。


 津島さんとボクはコピーしたことのある曲をいくつか口に出して――不思議と同じような曲をコピーしているんだ――バンマスは首を横に振ったりバンドメンバーに話を振ったりして、やがて一つの曲が演目として決まった。


 それは、まさかあんなマニアしか知らないのを――という曲だった。そもそも、ハードロック好き以外はバンド名も、そのバンドがドイツのバンドだってことすら認知されていない位のものだ。バンドメンバーも何人かは知らない曲だと答えたが、バンマスがその曲のキーとコード進行、おおまかな構成を伝えただけで『何とかなるかな』と答えたのには、さすがはプロとボクの心は打ち震えるばかりで……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――ステージの上に立つ津島さんとボク。焼き焦がすような視線の只中、ここまで来たらもう後は無く、覚悟を決めるしかなかった。


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