[80]ロックな生き方に憧れて
ボクを見つめたまま、津島さんは真顔で尋ねてきた。
「まさか、こんな所で逢えるとは思っていなかったわ。一体何者なの? 白馬の王子様」
こんなボクでも一応は招待客なのだし『何者?』とは随分な言われようだ。だけど、考えてみれば津島さんはパーティーを取り仕切るのにてんてこ舞いの様子だったし、こっちの存在に気付く余裕すらなかったのだろう。
それに、これはこれで好都合。
(下手に探りを入れられるより、パーティーに紛れこんだ謎の男子Aで通してしまった方がずっと楽だよね、きっと?)
このまま間抜けな白馬の王子様を演じている方が良さそうだ。そう考え直したボクは、こんな時のためにと用意していた言葉から一つ選んで披露することにした。
「さあ、一体何者でしょう。君の守護精霊かな――悪い魔法使いさん?」
「嘘」
「うん、嘘だけど」
「どうして本当のことを言ってくれないの? ねえ、教えて?」
「そうだね――まあ、たぶんただの通りすがり、かな?」
「意地悪……」
プイと怒ったような表情。でもそんな彼女の表情も嘘だというのはすぐ分かった。すぐにさっきまでの明るさを取り戻すと、再び無邪気そうに見つめてくる。津島さん、本気で怒っている訳ではなさそう。
少し安心したボクは続ける。
「ま、それはそれで置いておいて」
「ああっ、誤魔化すの?」
「うーん……」
思ったより食い下がって来る津島さん。じっと見つめる彼女の瞳を前に、ボクはここに来る前に渡された、とあるメモの一節を思い出していた。
【 ★☆深央攻略の極意っ!★☆
――深央はパッと見、思慮深いってゆーやつ? クールで落ち着いていて、ゴマカシのきかないってゆーのかな? そんなキャラっぽく見えるけど実際は違いまーす! あの子、とっても流されやすくて、何も考えてないでーす! だ・か・ら! 適当に話を逸らせばオッケー! 速攻で忘れちゃうから! もう楽勝! まるでイージーモードだから! 試してみてねっ!!】
それは浅見さんが書いたもの。彼女のちょっとクセのある字面が脳裏をかすめる。
津島さんの攻略法をしたためたというそれは、彼女の意外な一面や弱点、恥ずかしい過去とか――要するに、クールビューティーでカッコいいのは見た目だけで実際はどうしようもない駄目っ子という実例――が、これでもかと書き記されていたのだけど……。
いくら何でもこれは酷すぎない!?
メモ用紙を埋めつくす津島さんのいろいろとアレな行状の羅列は、ほとんど嫌がらせに近かった。最初、『浅見さん正気? ひょっとして津島さんに密かな恨みを抱いてるとか!?』なんて思ったりもしたけれど、思い返してみると、ボクの知っている津島さんも概ねその通りだった。一緒にいれば大体分かることばかりじゃん? とも言える。
それはそうと、せっかくなのでこの際『津島さん攻略法』とやらを実践させてもらうことにした。ボクは切り出す。
「そう言えばさっき、『また逢えた』って言ったよね?」
「え?」
「ひょっとして生徒手帳の時のこと、覚えててくれたの?」
「え、ええ……」
少し戸惑った様子の津島さん。これは上手くいくかもしれない。
「でも、あの時も思いっきり逃げたよね?」
「…………」
「正直、かなりショックだったんだけど」
「…………」
津島さんの瞳がどんどん下を向く。どうやら彼女なりに申し訳ないと思っているらしい。
しばしの沈黙。ちょっと悪いことをしたかなー、なんて思い始めた頃。津島さんは突然顔を上げ、思い切ったように口を開いた。
「その時のことも含めて言うわ! ありがとう」
思いがけずストレートな反応に、今度はボクが口ごもる番だった。
「う、うん……どうもいたしまして」
そして津島さんはドレスの裾をぎゅっと掴み、照れるように言った。
「でも、良かった。貴方に逢えて」
「どうして?」
「最近、いろいろとあって……少し落ち込んでいたの」
千隼さんのことか。やっぱり、相当応えていたんだ。まあ、でもこんな形でも力になれて良かったのかもしれない。
「そっか。それにしてもさ?」
「何?」
「あんなに強いのに、何でさっき、されるがままだったの?」
あの回廊での出来事だ。黙って男に言い寄られていないで、とっととやっつけてしまえば……あるいは逃げてしまえば良かったのに。
「そういう訳にもいかないのよ……」
「どうして」
「いろいろと面倒くさいの。津島家としての体裁もあるし」
「まさか、あいつらと利害関係があるとか?」
「そうよ。むしろ、それしかないって感じかしら。地元の名士なんて偉そうに言ってても、大体そんなもん。くだらない事だけど」
「そっか」
「それに……」
「それに?」
「男怖い! 男嫌い!!」
そっちかよ!? てか、そっちが本音?
「いえいえ、でも最終的に気持ち良い位の勢いでぶちのめしちゃったじゃないか」
「あああっ、どうしましょう……ねえ、どうすればいい?」
「ボクに聞かれても……」
「もう、どうにでもなれー」
投げやりな津島さん。ボクらはそのまま、乾いた笑いを交わす。彼女とも少しだけ打ち解けたようだ。
まあ、あのイケメンも津島さんにずいぶんとご執心な様子だったけど、あんな恥ずかしい思いをしたらさすがに仕返しをする気も起きないだろう。
「あ、いけない……そろそろ戻らないと。おじいさまが怒っているわね」
「おじいさま?」
「ええ、戻りが遅いってしびれを切らしている頃……憂鬱だわ」
津島さんは小さく溜息をつき、すっと姿勢を正した。パーティーを中座する形で抜け出していることを気にしているのだろう。今にも踵を返して行ってしまいそうだった。
その時、ボクは津島さんの口から思いもしない言葉を聞いた。
「はあ……ロックな生き方が出来る人が羨ましい」
「え?」
柄に無くしおらしい津島さん。意外な言葉に聞き返すボク。一瞬言い淀んだ様子だったけど、彼女は思い切ったような表情で付け加えた。
「好き勝手なことをやって、周りを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して……でも、周りは勝手に持ち上げてくれる。本当に羨ましいわ。あんな風になりたい」
「は、はあ?」
「私とは正反対」
「それってどういう意味?」
「型にはまった自分が嫌いなの……何もかも投げ出して、くだらないシガラミなんて破り捨ててしまいたい」
いえいえいえいえいえいえ。津島さん、じゅうぶん周りを引っ掻き回すだけ引っ掻き回していますよ。ぜんっぜん型にはまってないですよ? その自覚、無いのですか!?
「あんな風になれたらって……君の口からそんな言葉が出てくるなんて想像もしていなかった。誰もが羨む、津島家の深央お嬢様じゃないか?」
しかしさっきの言葉で吹っ切れたのだろうか、堰を切ったかのように彼女は喋りだした。
「津島家の長女ってだけで勝手に期待されて、勝手に持ち上げられているだけ。つまらない人間よ? 私って」
「でも、その期待に応えてるじゃないか?」
「だから、そんな私が嫌いなの。思い切って、そんな期待を押し付けないでって、言いたいの、心の中では。でも、期待が裏切るのが嫌で……流されるように、皆が想像するような津島家のお嬢様を演じようと頑張ってしまう。そんな私が大嫌いなの」
「…………」
「学校でもそう。勝手にヒメサユリの君だなんて持ち上げられて……笑っちゃうわ、この私がよ?」
「良く似合っていると思うけど?」
「ご冗談。本当はそんな大した人間じゃないって、大声で言い返したいくらい。でも、それが出来ないの」
そして付け加えた。
「あ――ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして。ちょっと疲れたのかしら? そうね……自分を演じるのに、少し疲れただけ――」
冗談めかした、だけど有無を言わせない口調だった。だけどその悩みにボクが答えられるはずが無い。
だけどこの時初めて、ボクは津島さんの内面を垣間見たような気がした。不思議な親近感と共に。
しばらくして、彼女は言った。
「――でも、貴方とお話しできて少し気が楽になったわ。こんなパーティーなんて、って思っていたけど、案外と良い一日だったかも」
そして今度こそ津島さんは行ってしまいそうだった。一方のボクは、寂しそうな表情の津島さんを正視できそうになかった。
「そっか」
「御免なさい。変なことを聞かせてしまったわ……忘れて頂戴ね?」
そんな彼女が気の毒で、ボクはつい無責任なことを口走る。
「ならさ、いっそのこと滅茶苦茶にしちゃったら?」
「滅茶苦茶って……何を?」
「このパーティーを」
キョトンとした目の津島さん。呆れ顔の彼女は何か言いたそうにしていた。ところが意外なことに、ちょっと乗り気の様子で彼女は言葉を続けた。
「どうやって?」
そんなこと、いきなり言われましても。取り敢えず、当てずっぽうを答えることくらいしか。
「えっと……そうだ! 今、ロックな生き方が羨ましいとか言ったよね?」
「え? ……ええ」
「なら、このパーティーをロックコンサートにしちゃうとか?」
「え?」
「このいかにもお上品な晩餐会を、ノリノリの音楽で塗り替えちゃうってのはどうかな?」
「あら、面白そう」
彼女の反応は意外なものだった。はしゃぐ津島さん。
「どんな曲がいいかしら!」
「う、うーん……そうだね、うんとハードなやつ……かな?」
「そうね。なら、ジューダス・プリーストとかいいわね」
「……ヹ……」
思いもよらないバンド名にボクは思わず、『ヴ』と『エ』の間という、とても微妙な声を洩らした。
ちょっと!? それって、ハードというか……凶悪なヘヴィメタルじゃん!?
津島さんの口から、まさかその固有名詞が出てくるとか……想像もつかなかった。嘘でしょ? 深窓の令嬢の薫りを放つ彼女とはまるで正反対のイメージ。ハーレーと革ジャンとスキンヘッドとピアスという凶悪な映像が脳内を駆け巡る。というか何で知ってるの? ジューダス・プリースト! ねえ、津島さん?
「それともブラック・サバス? あ、それともパーティーを盛り上げるにはもうちょっとカラッとしたアメリカン・ロックがいいかしら。メガデスなんてどう? 私はマーティー・フリードマン在籍時代の曲が好き! あのクサさがたまらない!」
畳みかける津島さん。いつの間にか両の拳を握り締め、おまけに親指と小指を突き出してデビルズホーンを作り出しそうな勢い……あの……どれもコテコテのヘヴィメタルなんだけど……メガデスの何処がカラッとしているんだよ!? てか……。
まさか津島さん、隠れメタラー!?
はい。ここで番外編へと微妙につながるわけでして……そちらの方も更新が止まっちゃっていて申し訳ありません。近日中に再開すべく七転八倒しているところです。




