[77]邪魔すること! とにかく邪魔すること!
ディナーは終わり、宴はアルコールの入った祝賀会へと変わっていった。そんな中、間合いを見計らい会場を抜け出したボクは、広いバルコニーの片隅で息を付いていた。
広い庭に面したこの場所は、昼間だったらきっと素晴らしい展望が開けていたことだろう。さっきまでパーティーの熱気に当てられていた頬に夜風が心地よい。煌びやかな灯りに満たされた会場とは対照的な弱弱しい月明かり。そんな暗さに目も慣れてきた頃、二つの人影が少し霞みかかった三日月の夜空をゆっくりと舞い降りてきた。
「いやー、びっくり。美彌子っちそのタキシード姿、どんぴしゃりじゃんー」
そんな言葉と共に現れたのは浅見さん。少し遅れて降り立ったのはアヤメ。彼女達とは人目につかないところで落ち合う約束だった。少し離れた窓から漏れ出る檸檬色の光を受け、闇夜に浮かび上がる魔法少女姿の二人は何故だろう、緊張の連続だったボクに少なくない安堵を与えてくれた。
「アヤちゃんから美彌子っちがこのパーティーに招待されていたって聞いた時は、嘘だろーって思ったけど、いやあ、本当だったんだー。しかもバッチ似合ってるよー、まじで。それにしても上手く行き過ぎ! 天啓ここに在りって感じだわ」
「はい! ワタシとしてはドレス姿の姫様じゃないのがチョッチ残念な次第なのですが、コレはコレでアリです! レアな姫様なのです!」
「とゆーか魔法使ってこっそり見てたけどさ、美彌子っち、テーブルマナーばっちりじゃん? いやー、私じゃ無理だわー、正式なディナーパーティーの様式で、あんなにシャンと振る舞えるなんて……」
「当然です! なにしろ姫様ですから! 一国の王女ですから! 本来ならあんな下座につくような方では無いのです!」
おどけて見せる浅見さんと力説するアヤメを前に、ボクは肩を落とし愚痴をこぼす。
「おだてないで。それにしても、まるで気が休まらないよ。早く終わって欲しい」
「それは私も同じよー。いつクソ虫が深央に近付いて来ないか気が気でならないわ! でも宴は始まったばかり。勝負はこれからよ!」
「はあ……」
思わず溜息をつくが、そんなボクの苦悩を浅見さんが見つけてくれるのは期待薄のようだった。津島さんしか見えていない彼女が、ボクのささやかな抗議を許してくれるはずもなく。
「さて。リサーチによると深央に唾を付けようとしているクズ野郎は複数。しかもジジイは新たな婚約者を決める気満々。うかうかしてらんないのよー」
「はいはい。で、ボクのミッションは……」
「邪魔すること! とにかく邪魔するのよー。深央に集るウジ虫どもを尽く潰して回って!」
ああ、今宵は何てメンドクサイ夜なのだろう。とっとと終わらせて家でゲームしたいのだけど、きっとそれは叶わぬ夢なのだという予感に圧し潰されそうだ。
「うーん、そこはかとなく不安しか思い浮かばない……」
無意識のうちに口を突いて出てきたそんな弱音を、浅見さんは聞き洩らさなかった。
「ああっ、美彌子っち! 弱気にならないで」
「そうは言うけどさぁ……そもそもさ? 今回のこと、津島さんにバレてないのが不思議でならないのだけど」
「どうして?」
「だって招待客の中に『果無』って苗字の一家がいるんだよ? いくら何でもホストの津島さんが気付かないはず……」
「だいじょーぶ!」
やたら自信ありげな浅見さん。それでも不安そうなボクの顔から察したのだろう、彼女は力強く拳を握りしめると、その自信の根拠を並び立てた。
「あの子、うかつだから! おっちょこちょいだから! 何も考えてないから!」
「おいこら……」
なんて言われようだろう。それが親友の言葉だろうか。そして、おまけにアヤメまで……。
「そうです姫様! ここはご都合主義の力を信じるべき時です!」
……はいはい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
生バンドの演奏によるゆったりとしたジャズが、場の少しくだけた雰囲気を楽しげに盛り立てている。未成年のボクにはもちろんお酒は振る舞われず、ソフトドリンクで唇を濡らしながら、周囲の会話に耳を傾ける振りをしていた。
結局のところ、津島さんはディナーの間、ボクら一家のいるところまで挨拶には来なかった。来られなかったと言い換えてもいいかもしれない。
パーティーの準主役でもある彼女の饗応は、上座を陣取るピカピカ衣装の県知事夫人らしき人や、和服をビシッと決めたとても怖そうな誰とも知らぬお婆さんをもてなすのに手一杯で、こっちまでやって来る余裕も無さそうだった。
旧家のお嬢様も大変なのだと彼女の境遇に同情しながら耳を澄ますと、途切れ途切れ耳に入って来るのは、まるで別世界の出来事のような話題。ここはボクとは住む世界の違う人達の集まりだということを改めて思い知らされる。
そうこうしているうちにもパーティーはその様相を徐々に変えていく。百人近くいるであろう陽気な紳士淑女は、いくつかのグループに分かれてそれぞれ盛り上がるようになっていた。
「――がははははっ! そうなのよ、俺も若い頃は向こう見ずでね、王妃と一緒に王宮を飛び出してこっちに来たはいいけどよ。まるで右も左も分からなくてさ。その上、何を思ったのかミュージシャンで生計を立てようなんて夢見ちゃった訳よ。んで、売り込みのため飛び込みで入った事務所がねえ、そこの社長がまたぶっ飛んでいてさ――」
いつの間にか、そのグループの一つの真ん中に父さんがいた。グラスを手にした一団に囲まれ、父さんはいつもの高笑いとテンションの高い大声で、どうでもいい話を繰り広げている。
ボクから見ると大して取り柄の無い父親に見えるのだけど、その豪放な立ち居振る舞いとちょっと偉そうな話しぶり、それに燃えるように赤い巻き毛や、彫の深い顔立ちといった容姿からだろう、他所様の目には一角ならぬ人物のように映るようで、とにかく異様に目立つのだ。
そしてその話術。一方的に自分のフィールドに相手を引っ張りこむのがやたら得意だったりする。
きっと、周りの人達は父さんのこと何処かの偉い人と勘違いしているのだろう。そんなオーラを纏う妙な属性を、この赤毛のオッサンは持っていた。取り囲む紳士淑女の方々は、この人がただの雇われ設計士だと知ったら果たしてどう思うのだろう。
「おう、ミヤコ。こんなオッサンオバサンばかりの所に居たってつまんねぇだろ。若者は若者同士、親睦を深めてきたらどうだ。がははっ!」
確かにその通りだ。父さんの高笑いを背に、ボクは肩をすくめてその場を後にした。
ところが、いきなりこんな場所へ放り込まれたボクには行く当てがあろうはずもないと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
そんな中、ボクの目に入ったのは会場の隅っこで固まっている若者のグループだった。若々しいタキシードと派手なドレスが楽しげに談笑している。ボクと同じような境遇で来ているのだろうか。否が応でも吸い寄せられる視線。
刹那、声を掛けてみようかという思いが脳裏をよぎる。彼らなら相手してくれるだろうかと淡い期待。だけどそこに軽い違和感を見つけ、すんでのところで踏みとどまった。笑顔を貼り付け親しそうな様子で談笑する様子とは裏腹に、とても老獪そうな目をしているのに気付いたのだ。
結局、ボクなんぞが入っていけそうに無いことに気付かされ、できるだけ目を合わせないようにしながら、黙々とその集団の横を通り抜けた。
そういえば津島さん、どこだろう。見渡しても会場の中にいる様子は無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
場違いの空気にあてられたボクは、重い足取りのまま再びパーティー会場を抜け出していた。広い回廊はがらんとしていて、煌びやかな会場の耀さに慣れたこの目には淋しく映るばかりで、どうにも良くない。
入ったのは会場からかなり離れたところにあるお手洗い。そういえば男子トイレなんて久しぶりだ。足を踏み入れたそこは、清掃が行き届いた清潔な空間だった。こんな場所にさえ贅をこらした調度品を誂えていることに目を見張りつつ、大きなクリスタルガラス越しに自分の姿を見る。
王宮の仕立屋が突貫作業で仕上げたというタキシードは、不思議なくらい身体へとフィットしていた。光沢のある生地は分不相応にも最高級品ということだった。
ボクは鏡に映る自分がしょぼくれた顔になっていないことを確認してから、自分自身に向かって呼び掛けた。
「さて、津島さんを探さないと。どこに居るのかな?」
トイレを出て当て所もなく彷徨うけれど人の姿は無い。かなり遠くまで来てしまったようだ。そんな中、回廊の片隅で男女が寄り添っているのに気が付いた。こんな場所で恋人同士の逢瀬だろうか?
悪いような気がしたけれど何となく心がざわめいて、その様子をチラリと一瞥。その瞬間、ボクは目を見張った。あろうことか、その片割れは津島さんだった。
男の方は、引き締まったスポーツマン体型にオールバックの黒髪。やたら整っているけど鼻っ柱が強そうなその顔が、まるで津島さんの顔にくっ付かんばかりにして何かを語りかけている。
事情を知らぬ者が見れば、愛し合う二人の睦み事でも思ったであろう。でもボクは津島さんの事情も、彼女が男性に対してどのような意識を持っているのかも知っていた。
彼女は怯えていた。それも心の底から。
恐怖に支配された瞳、微かに震える脚。しかし目の前にいるはずの男は、それに気付こうとさえしない。津島さんはきっと、このふてぶてしい男のことを快くなど思っていない。火を見るより明らかだった。そんなの、傍から見ているボクにだって分かる。
それと同時に津島さんは屹然としていた。だけどそれは彼女の意気地だと、おぼろげながらに理解できた。逃げたいという衝動を押し殺し、津島家の気位を見せつけるため、ぎりぎりのところで踏ん張っている――そんな風に見えた。
きっと彼女は心の中で悲鳴を上げている。だがそんな彼女にお構い無く、男は手を伸ばしてきた。津島さんの細い腕を掴む。そしてもう片方の手、向かう先は腰のあたり。
その手を振りほどく津島さん。顔を背けた彼女がチラリとこちらを見たような気がした。助けを求めるような表情。それはただの思い込みなのかもしれない。だけど。
気が付いたらボクは、津島さんのところへと駆け寄り、彼女の手を握り走り出していた。
うーん、どういう訳か今回、とてもポエミーな文章になってしまいました。どうしたのだろう…。




