[75]津島さんの帰り道
ここは下校時間の通学路。津島さんがいつも通る道だ。
「――よしっ、美彌子っち今よ!!」
掛け声と共に、物陰に隠れていたボクの背を押す浅見さん。男モード行使中のボクはたたらを踏みながら帰宅途中の津島さんの目の前に躍り出た――はずだった。
ここまで来たらもう逃げも隠れもできない。覚悟を決めたボクは思い切って声をかける。
「えっと……やあ」
「あら?」
急にしゃがみ込む津島さん。ボクのかけた言葉は津島さんの頭上を虚しくかすめる。
「こんな所にお金が落ちている……はあ、あなたも一人ぼっちなのね。そうだ、落とし物は警察に届けないとね……おっまわっりさーん……」
そのまま踵を返して行ってしまった――ボクに気付かないまま。
「あちゃー、失敗かー」と浅見さん。
街中でばったり出会って青春っぽい会話をする作戦、失敗。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――よしっ、美彌子っち今よ!」
第二高校の制服に身を包んだ男モードのボクは、浅見さんの手により、ぼんやりと歩く津島さんの目の前へと躍り出た――。
「あら! 学校に鞄置き忘れてしまったわ……私ったら、ドジっ娘」
クルリと身を翻しそのまま走り去る津島さん――ボクに気付かないまま。
「何やってるのよ深央ー。普通、カバン忘れるー?」
街中でばったり出会って青春っぽい会話をする作戦リトライ、敢え無く失敗。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――よしっ、美彌子っち今よ!!!」
ボクを突き飛ばす浅見さん。痛いなあ!
よろけながら通りに――
「ゴルワァァァァ! 果無ィィィ!!」
「ぐは……ッ」
――いきなり誰かにラリアットを食らったボクは、訳も分からずそのまま通りの端っこまで引きずられる。
「げほっ、げほっ、何だいきなり……はっ!?」
目の前に居たのは、こないだの週末、ほったらかしにしてしまった第二高校時代のダチだった。何という偶然!?
「はー、てー、なー、しー……この間は良くも置き去りにしてくれたなー……」
奴はどうやら怒っているらしかった。目は血走り、グルルと咽を鳴らしながら迫って来る。えっと……ここは奴を宥めなきゃいけないシチュエーションか?
「おい、待て。話せばわかる!」
「ああ、いいんだよ。俺を忘れていったことは許してやる……」
「えっと、あの、その……」
「ただし、だ! 教えろ!」
「え?」
「あの美少女は誰だよ! ほら、お前の知り合いの! この間だよ! お前が消えてからやってきたあの可愛い娘! どういう関係なんだよ! おい!」
それってまさか、女モードのボクのこと?
「えっとですね? そのー、あのー」
「てめー、口を割るまでは許さん!!」
「あああっ……」
救いを求めるように、ボクは視線を津島さんの方へと泳がせる。
津島さんはこちらをチラと一瞥したような気がしたけど……そのままプイと前を向いて行ってしまった。
「――男、怖いわ。あれね、ボーイズラブ? 拗らせてるのかしら……きっとあの二人、この後あんなことやこんなこと……ぶつかり合う肉体……あああっ、おぞましい……」
なんか、そんなことを呟きながらブルブルっと身を震わせる津島さん。
作戦失敗――
――というか津島さん!? それ、大きな誤解だ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――よしっ、美彌子っち今よーッッ」
浅見さんに思いっきり背中を押され、よろめきながら躍り出たボクは帰宅途中の津島さんと対峙する。
「あら?」
よし、今度は成功。津島さんは面食らいながらも、ボクの顔をじっと凝視する。
「――どうしたの? 果無さん」
「……は?」
何故ボクのこと――って――自分の身体に目を落とす。
はぁぁぁっ! しまった、今度は女モードのままだった!
「あ、あ、あの……ごきげんよう?」
「ごきげんよう。というか、さっきまで学校で一緒だったじゃない」
思わず誤魔化すボクに、津島さんは小首を傾げる。
「あはは……そ、そうだったっけ?」
「どうしたの? 最近、みんな用事があるって、そそくさと何処かへ行っちゃうし、私一人で帰っているのよ? 心細いのに」
「えっと……そうだっけ?」
――と、その時。
「ウォォォォぉ!!!」
ボクらの会話に割り込む突然の雄叫び。その響き渡る声に鳥が飛び立ち、自転車のオバちゃんがよろめく。その声の主に振り向くと、それはまたしてもダチだった。
「この間の美少女!! ついに見つけた!! 俺の気持ち、聞いてくださいーーーッッ!」
「嫌ァァァーッ! 男が、男が、襲ってくるのーッッ!」
まるで猪のごとく猛烈な勢いでこっちに突っ走って来るダチ。逃げる津島さん。でもダチの追いかける先は津島さんじゃなくて――こっちか!?
「止めろーッッッ! 男は、男は嫌だーーーッッ!」
ボクも津島さんの後を追い、必死になって逃げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はあ、はあ……何とか逃げられた」
「うまくいかないわー。完璧な作戦だと思ったんだけどなー」
いえいえ浅見さん、完璧とは程遠い、行き当たりばったりで穴だらけの作戦だからこうなるんだと思います。
「でさー、美彌子っち。いよいよ後が無いんだよねー。でさー?」
「もう止めてください……ボクの心まで壊れてしまいそうです……」
バスセンター待合室のテーブルに突っ伏したボクは降参の合図。これ以上は勘弁して下さい。
「ところがそうも行かないのよー。今度ねー、深央の実家主催のパーティーがあるのよ」
「ん?」
津島家主催のパーティーってことか。ボク等一般市民とは縁もゆかりの無い、上流階級の方々を集めての社交界的な催しなんでしょう、きっと。
「でさー、婚約破棄の噂はもう、あっちこっちに流れちゃってるみたいでねー。どうやら、深央ゲットを画策している連中がチラホラ現れてるらしいのよー」
「へえ……」
さすがに穏やかではない話に、ボクは心ならずも注意を向けてしまった。
「今度のパーティーで深央に近付いて、主催者である深央のお爺さんに媚を売ろうって輩がどうやら居るみたいなんだよねー」
「つまり、地位と財産目当てで?」
「そう」
「何で浅見さんがそんなことを知っているの?」
「そりゃあ、幼馴染としては深央がそんなくだらない男のものになるなんて看過できないから。調べて回ったのよ」
「ふぅん」
「千隼さんの時はまだ小坊だったし魔法少女じゃなかったし、その想いを実行に移すだけの力が無かったの」
「そうだろうね」
「それに千隼さんがあんな酷い人だとは知らなかった……でも、今度は駄目! 深央には幸せになって欲しいの」
浅見さん、津島さんのことそんなに想っているんだ。考えてみれば彼女、自由気ままな津島さんに愛想を尽かすことも無く、ずっと支え続けているみたいだし、きっと二人の間には何物にも代えがたい友情があるのだろう。
「そっか……それなら、そのパーティーで浅見さんがずっと付きっきりになって、津島さんを見守るしか無いね」
「美彌子っち、そんな無茶を言わないでー」
「どうして?」
「私がお呼ばれされる訳無いでしょー?」
「だって、親友でしょ?」
「それとこれとは別。格式というものがあるのよー。全く、腹立たしいけどさー」
そうなんだ。大人の世界ってずいぶんと理不尽。
「それなら、どうするつもり?」
「徹底的に邪魔する。間接的に。魔法を最大限に活用して」
魔法を悪用するって訳ね。まあ、それもアリかもしれないけど。
「影ながら応援するよ」
「何言ってるのー。今度のミッション、美彌子っちが鍵というか、美彌子っちがいないと成立しないんだからさー」
「はあっ!?」
ちょっと、どういうこと?
「パーティーに忍び込んでくれるー? 男モードで。でね、深央のハートをゲットしちゃって!」
「は? は?」
「そうすれば、あの優柔不断な深央だって、あんなくだらない政略結婚なんて断固拒否するはず!」
「どういう前提条件だよ!」
「私としては深央のハートが誰かに盗られちゃうのは悔しいけど……仕方が無い、こればっかりは許す! 美彌子っち、深央を頼むわ! この際許す! ヤることヤっちゃって!!」
「え? え? だって……忍び込むって……そりゃ無理だよ!? 浅見さんだって入り込めないパーティーでしょ? 格式があるんでしょ? 見つかったらどうするのさ!」
「私達魔法少女全員で、全力でサポートするから!」
「魔法少女全員って、津島さんを除くと浅見さんと香純ちゃんだけじゃないか! あああっ、具体性に欠けるよ! いったい、どうやって……」
「不可能を可能にするのが私達、魔法少女の生きざまよー!」
「…………」
なんか、えらい事になっちゃったみたい。ボクは肩を落として帰路についた。




