[73]フラグ発動!?
「ちょっと、浅見さん。これどういうこと?」
「しーっ、あまり動かないで! 深央に気付かれちゃう」
ボクらは肩を寄せ合うようにしてファミレスの窓際の席に陣取っていた。浅見さんと香純ちゃんとアヤメ、その三人と同じようにボクも顔を窓に押し付けている。視線の先にあるのは、通りを挟んで向かい側にある小洒落た喫茶店。
目を凝らすと、窓の向こうに津島さんの横顔。少し俯き加減に座っている。そしてもう一人。向かい合わせに座る彼は、じっと津島さんのことを見つめていた。
そんな津島さんのことを、ボクら四人揃って覗き見している理由。事の起こりはこんな感じだ――。
白梅会の活動を終え校舎を出たボクらが目にしたのは、正門の近くにたむろする生徒の姿。その時既に妙な雰囲気を感じていたことを憶えている。
ざわめく同級生達の横を抜けて校門を出てすぐのこと。目に飛びこんできたのは、校門近くの壁に寄り添い佇む男性。サングラスをかけた、ひょろりと背の高い青年。
その人は津島さんを見つけると『よっ』と声をかけ、気取った仕草でサングラスをずらした――噂のフィアンセ、金田千隼さん。生で見るのは初めてだった。
千隼さんは遠巻きに見つめる下校途中の生徒を一瞥すると、『一緒に来てくれるかな? ここではちょっと』と囁き、突然のことにキョドる津島さんを引き連れ、この喫茶店に入ったのだ。
津島さんは動揺しながらもボクらに『御免なさいね。ここで失礼するわ』とお愛想し、千隼さんに連れられて行った。その瞳は『付いて来ないでね?』とボクらに語りかけていたのだが、もちろんそんなことを聞き入れる浅見さんじゃなかった。
彼女に促されるままボクらはこっそりと後をつけ、喫茶店に連れ立って入っていった二人の行く末を、固唾を飲みながら見守っている。
「まったく、大胆不敵とゆーか、自信過剰とゆーか。学校の外で待ってるなんてどーゆーことー?」
そう言うと、浅見さんは注文したソフトドリンクを手元にたぐり寄せた。
「うん。すごく注目されてたよね。どんな図太い神経しているんだろう……さすがテレビに出てる人だけあるね」
「変装されてまたけど、パンピーじゃないってオーラがバンバン出てましたねぇ。あれって、本人は隠してるつもりでもバレバレだったのではないでしょうか?」
「きっと、噂になるですぅ……後で先生から指導されたししないでしょうかぁ……」
「まあ、深央のことだからそんなことにはならないとは思うけど……あ、話が始まった!」
さすがにみんな、思っていることは同じようで、津島さんへのプライバシー侵害に対する罪悪感は皆無だった。浅見さんと香純ちゃん、魔法少女二人は口の中で小さく呪文を呟く。きっと千里眼――地獄耳の魔法だ。
魔法の使えないボクとアヤメは、髪飾り代わりのカチューシャに意識を集中する。機動歩兵の装備品であるそれには、遠隔情報収集機能が備わっていて――やがて、向こうの建物にいるはずの津島さんと金田さんの会話が、はっきりと聞こえてきた。
『深央ちゃん、久しぶり?』
テレビで聞き馴染みのある声だった。
『お、お久しぶりです……』
一方の津島さん。いつもの少し自信過剰気味な声色は影を潜め、今のか細い声はとても乙女していた。
惚れ惚れするような清らかな声。淡々と話す彼女の、濁りや淀みの無い澄み渡った声は、聞いているだけで耳に心地よく、津島にそんな魅力が備わっているのということに、今更ながら驚いた。そして、あのいつものツンツンした話し方がそれを無残に覆い隠してしまっているということも。
いくつかの社交辞令や世間話の後、話は本題に入った。
『あのさ、婚約のことなんだけど』
『はい?』
『無かったことにして欲しいんだ――』
そう。しっかりとテンプレが継承された瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
津島さんの心は壊れていた。
二人が喫茶店を出た後、たまたま出会った風を装い、ボクらはしょんぼりと歩道を歩く津島さんをつかまえた。金田さんは今日の収録のため新幹線で東京にとんぼ返りということで、津島さんを置いて足早に立ち去った後だった。
「ほら深央ー。元気だしなよー」
「何を言っているの浅見さん? 私はいつも元気よ」
しかしその直後、歩道の段差に蹴躓き地面へと盛大に全身ダイブする津島さん。明らかに心ここに在らずで、魂はどこかへ抜けていってしまっている。
「ほらぁ、深央ー。そうだ、バッセに寄って何か食べよっかー」
浅見さんは津島さんの手を引くと、土埃にまみれた彼女の制服をパンパンとはたいた。いつもボクらを一方的に引っかき回す津島さんだったけど、今はされるがまま、浅見さんに導かれるがまま、人の流れとは反対方向へと歩いて行く。
学校からほぼほぼ近い場所にあるバスセンターは、バス通学組の女の子達にとってはお馴染みの場所。土着民のボクらは通学で使うことは無いけど、このボロイ建物の二階はバス待ちのお客さんのための待合室になっていて、ちょっとした軽食を出すお店やら、昭和の時代から生き残っている自動販売機やら、その筋では有名なジャンクフードの殿堂となっている。
お嬢様学校とこのレトロ感溢れるこの空間はいささかミスマッチだけれど、白梅女学院の生徒が集まるJK率がかなり高い場所なのだ。もちろん、バスを利用しないボクらも何かにつけてここに集まることが多かった。花より団子、のんびりしたボクらはここの常連だった。
「はい深央。あんた焼きそば好きでしょー」
「むしゃむしゃ」
既に三皿目。深窓の令嬢と焼きそばというミスマッチも甚だしいけれど、それよりむしろこの食欲。色気より食い気とはよく言ったものだ。津島さんも雲の上感漂うお嬢様という以前に、やっぱり普通の女の子なのだと、認識を新たにすること然り。
「……えー、千隼さん、今の彼女さんと本気になっちゃって、駆け落ちするの!?」
「むしゃむしゃ」
「二人でアメリカに行っちゃうって、レギュラー番組はどうすんのよー?」
「むしゃむしゃ」
「酷い男よねー、無責任! え? なに、おかわり?」
「むしゃむしゃ」
四皿目突入。津島さん、自分で太りやすい体質だって言ってたけど大丈夫だろうか。この後のダイエット、大変だ。
津島さんの食欲に見惚れていたボクは、積み上がる焼きそばの皿から意識を引きはがして軽く椅子の背もたれに寄りかかった。
背中を伸ばし気紛れに辺りを見渡すと、同じようにジャンクフードでお腹を満たしている男子高校生の集まりがチラリチラリとこちらを見ている。まあ、そりゃそうだろう。男視点で見れば、このテーブルで繰り広げられている光景は、さぞかし場違いなものに映っているに違いない。
なにしろ浅見さんに香純ちゃんにアヤメ、それぞれ特徴は違うけど滅多にいない美人が揃っていて、しかもこんな殺風景な場所でジャンクフードを頬張っているのだから。
極めつけは目の前にいる津島さん。これだけの美少女なんて、クラス……いや、それどころか学校で一人いるかいないかってレベルだ。こんな津島さんを手酷くふったフィアンセの精神構造が理解できない。
そう考えるとこの集団に紛れ込んだボクは幸せ者なのかもしれない。とてもじゃないが、お近付きになれないような女の子の集まりに、シレっと混ざっているのだ。
でもまあ、津島さんは思ったより普通で安心した。ちょっと食い意地は張っているけど概ね普段通り。さっき擦りむいた膝小僧も浅見さんと香純ちゃんの手当てで、可愛らしい絆創膏が貼ってある。
あとは、あの血に飢えたウザい連中さえなければ、バスセンターは気楽でいい場所なんだけど――そう思った時だ。
「……ねえ?」
声の方に振り返ると、ちょっとスカした男子高校生二人組。
「キミ達、白梅の子だよね?」
来たよナンパ野郎。血に飢えたウザい奴らだ。これが面倒臭い。
まあ、ここに来るとこういった連中と時々遭遇する。他にやること無いのか。まったく……で、こいつら誰目当てだ? 香純ちゃんか? 浅見さんか? まさか津島お嬢様狙いの身の程知らずではあるまい。滅多にないのだけと、そんな身の程知らずがたまにいる。
奴らはテーブルに腰掛け、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「君、ハーフの子? すごい美人だよねぇ」
「綺麗だよね、超目立つじゃん」
「背も高いしスラリとして肌も白いし、まさかモデルをやってるとか?」
「その金髪、まさか自毛? 染めてる感じじゃないよねぇ?」
「やべえ、リアルでパツキン美少女!?」
「それにしてもさー、お友達もレベル高いよねー」
はああぁっ!? 何故こっちに向かって話しかける? 冗談はやめろそっちの気はない。さあアヤメ、儀仗兵器でこいつらを凪ぎ払ってくれ――その想いをアイコンタクトで送るまでも無く、眉間にしわを寄せたアヤメがピクリと動く。その時だった。
「いやぁぁぁっ!! オトコ、嫌いーーーッッ!」
いきなり、泣きながら津島さんは走り去っていった。
ボクらはこの気の毒なナンパ二人組を置き去りに、津島さんを追いかけていったのだった。




